2021年8月28日土曜日

光を待ちながら

 4月下旬に引越してきた。何度も引越しを繰り返すことになってしまった(事情等は前回の記事に)ため、さすがに手続き類は慣れてきた。ネット環境の空白期間をできるだけ短くするためには、早めの申し込みが必要だと身に染みてわかっていたから、引越日を決めた段階ですぐに手続きをした。ソフトバンク光を利用していたので、引越し先でもそのまま利用することにした。問題なかったし、料金も妥当だと思っていたし、引越しの工事代も無料だとHPに掲載してあったため、ほとんど迷わなかった。(ちなみに、一昨年、前の部屋に越すまでは、yahooBBのADSL回線を使っていた。)

 引越しの翌日、NTTから工事の人が来た。契約するのはソフトバンクだが、土台はNTTの光回線なのだ。NTTのモデムまで開通した後、ソフトバンクの光ユニットをつなげる形になる。

 部屋の様子を見た工事の人に「これは工事費がかかりますよ」と言われた。電話回線が見当たらないというのだ。古い団地の部屋だが、建物自体に光回線が来ていることは知っていた。そのため「工事代無料」で大丈夫だと考えていた。下見の時には気づかなかったが、確かに電話線が見当たらない。ここから出ていたのだろう、という場所はあるが、線が出ていないのだ。携帯が普及して電話線は必ずしも基本的なインフラじゃなくなっているのだろう。リフォーム時に切ってしまったようだ。ソフトバンク光のマンションタイプというのは、アナログの電話回線を利用して、光回線につなげるシステムになっており、電話のジャックがないなら、室内工事が必要で、トータル1万円くらいかかるというのだ。

 作業員さんはいい人で「この代金は、ソフトバンクの無料には含まれないはず。確認された方が良いのでは」と言ってくれたので、ひとまず引き取ってもらって、経費についてソフトバンクに問い合わせることにした。

 問い合わせは、共通のサービスセンターへの電話しか方法がない。メールアドレスや問い合わせフォームなどもないのだ。

 仕方なく、サービスセンターに電話する。自動音声が流れる。


「なんとかは何番、かんとかは何番……を、押してください、ただいまたいへん電話がつながりにくくなっております、このままお待ちいただくか、後程またおかけなおし下さい」


 というアナウンスとBGMを聴きながら待つこと30分。ようやく「人間」にたどりつく。

 事情を説明すると、それは工事の人が言うだけのお金がかかる、との返事。何でそうなるのよ。疑問点についていろいろ訊ねるも「そうなってます」の一点張り。それならば仕方がない。引越しで金がかかった上に、予定外の1万はきつい。どうするか、大変困った。とりあえず、大家に出してもらえないか交渉することにして、ソフトバンクには一旦保留としてもらう。

 

 この時、保留が、どれほど長く続くことになるか、想像すらしていない「よどがわ」であった。

 

 開通までは「ソフトバンクエア」という無線のモデム(というのが合っているか分からないが)を代替で使えることになった。当然、無料。ただ、機械が届くまで3日間は、ネット無し生活。同居人と飯を食う時間、ネット動画を見るのが常だったが、いつもはしまってある短波ラジオを取り出して来て、電波の強い北京放送の日本語番組を聴いたり、韓国語のラジオを流してみたりして寂しさをまぎらした。(※引越し後、テレビはもう無しにするか、という感じになっており、つなげていない。)

 引越しの段ボールの山の中で、ラジオを聴くのは、「非常時」感があって少しだけ楽しいところもあった。一年前にも同じことしてたな、と思いながら。ただ、仕事の上では大変困った。とくに急ぎでオンデマンドのリモート講義をアップする必要があり、家でデータを作って駅前のネットカフェに行ってアップしなければならなかったりした。こういうことにならないように、早めに引越し手続きをしていたのに…。

 

 「ソフトバンクエア」は、前の引越しで、初めてソフトバンク光に申し込んだ時にも開通までの間に利用した。その時は、かなり快適に使えて、ごちゃごちゃしている有線より、部屋もスッキリするし、これの方がいいかもと思ったくらいだったのだが、新しい環境では通信速度が遅く、止まってしまうことも多く不便だった。

 

 家主に相談したところ、電話回線を引きたいなら自費でやってくれとの解答だった。どうするか、悩む。他のプロバイダと新たに契約するにしても、部屋の状態がこれならどのみち工事費がかかるかもしれない。それなら仕方がないか、とあきらめて、金を払って工事をしてもらうことにした。

 サービスセンターに電話する。


「なんとかは何番、かんとかは何番……を、押してください、ただいまたいへん電話がつながりにくくなっております、このままお待ちいただくか、後程またおかけなおし下さい」

 

 また、30分近く待たされてようやくつながる。あらためて、工事の依頼をする。すると、工事日は一か月近く後だと言われる。仕方がない。しばらくはエアでしのぐしかない。ネットサーフィンくらいはなんとかなるけど、300MBくらいのデータ(一コマの講義動画がそれくらいになる)をアップする、とかになると、何分も時間がかかったりして、かなり不便ではあったが。

 

 5月21日、NTTの作業員再来訪。前と同じ人だった。工事費の概算を再確認して「分かりました」と了承し、作業開始。すると、何ということでしょう、天井の蓋を開けると、中から電話回線が出てきたのでございます。「この線、生きていたら、工事費かかりませんよ!」と言われ、パッと明るい気持ちになる。実は、1万円かかる工事というのは、モデムをおきたい場所まで電話線を配線するだけなのだ。不格好だが、天井から垂れている電話線にそのままつなげて使えるなら、ソフトバンクの工事費無料サービスにおさまる、とのこと。幸い、線は生きていてそのまま使えるようだった。「良かったですね」と作業員。こっちは1万払うのを了承しているのだから、知らんぷりして工事しても気づかなかっただろうに、良心的だ。光回線との接続も確認して「ちゃんとネットにつながりましたよ」ということで帰っていった。こんなことなら、引越しの次の日に来てもらった時に、そのままやってもらっておけば良かったな、と思うもアフターフェスティバルだ。


 引き上げ間際「ソフトバンクのユニットと接続もしましょうか」と言ってくれたが、そんなの簡単だろうと「大丈夫です、自分でやりますよ」と答えてしまった。これは痛恨のミスだった。この時点で確認しておけば、次の展開もスムーズだっただろうに…。

 

 作業員が帰った後、ソフトバンクのユニットとつなげてみた。引越しから一か月もかかってしまったな、ようやくだな、と思いながら。

 しかし、つながらない。ソフトバンクのユニットとNTTのモデムとの間の連携がうまくいかない。

 

 サービスセンターにまた電話。

 

 「なんとかは何番、かんとかは何番……を、押してください、ただいまたいへん電話がつながりにくくなっております、このままお待ちいただくか、後程またおかけなおし下さい」でようやく人間に…。

 

 調べてみるのでちょっと待て、というような話だった。

 

 〔※このあたりの時期のやりとりの記憶は、一部不確かなところもあります。ことが進み(というか進まず)これは記録しておかねば、という気になって意識的にメモを残すようになったから、本文の後半はほぼ事実通りのはず。〕

 

 一週間くらい経過しても何の連絡もなかった。しびれを切らして、こちらから電話する。もう5月末になっている。

 

 「なんとかは何番、かんとかは何番……(以下省略)」ようやく人間につながる。

 

 「ネットがつながらない、というお問い合わせですね。では担当者にお繋ぎします」とまた待たされる。

 

 ランプの確認、線の確認、端末のリセット、その他、言われるままにやる。これは、前に電話した時もやらされたことだったが。「それでもつながりませんか」と来たから、これまでの経緯を一から説明する。こっちからしないといけないってどういうことだ、と怒りながら。「それでは、担当者に…」と引越し手続きの担当者に回される。また一から説明。結局、6月までかかると言われる。

 

 このころ、NTT西日本で顧客DBのトラブルがあり、いろいろ止まっている、という情報をツィッターで知った。検索したら、どうも関係があるような気がする。情報によると、トラブルの解消は6月上旬以降になるよう。この件、ソフトバンクとのやりとりでは、何も言われていない。だから実際に関係があったのかどうかもよく分からないが、まぁ関係があるのだろうと判断して、もうしばらく待つことにする。

 

 6月10日、代替機のソフトバンクエアが完全につながらなくなってしまった。どうなってるんや、とサービスセンターに電話。

 そうだ、この時は、電話の前に、トラブル対応チャットにも挑戦してみたのだった。チャットには機械が答える時と人間が答える時があること、機械の答えはただただ不快になるだけだ、ということを知る。人間とのやりとりになんとかたどりついても、結局らちがあかず、電話をするしかしょうがない、ということが分かったので、以降、チャットは使っていない。

 

 「なんとかは何番、かんとかは何番……(以下省略)」

 

 ようやく繋がった電話の向こうの人間が「インターネットがつながらない、ということですか、それでしたら…」と始めたので「とにかくこれまでの履歴を確認してれ」と強めに言う。エアの代わりにポケットWi-Fiを送る、という回答を得る。エアより、パワーが落ちるのは確実だが、エアの新しいのを送る、という話にはなぜかならないよう。

 ただ、同居人のPCはエアとの相性が特に悪いようで、エアじゃない方がいいということだったので、それは良かった。

 機械は急いで送るという話だったが、二日ほど、ネットの空白期間がまた生まれた。短波ラジオをまた引っ張り出してきて気まずい晩飯のお供にする。エアのトラブルは代替サービスの話。肝心の光回線本体の方はどうなっているのか。聞いてみても「開通したら必ず連絡するからもうしばらく待て」ということだった。

 

「しばらく」っていつまで待たせるんや。

「なんか、だんだん、永遠につながらない気がしてきたな」と同居人がいう。確かに。「つながったら、ちょっと寂しくなったりして」なんて話もする。

 

 二日後、突然、契約書が送られて来た。

「6月12日に開通、月の基本使用料幾ら」などと書いてある。まだつながってないのに、どういうことか。でも、まさかあれだけやり取りしているのに料金発生はないだろう、とぼんやりしていた。

 ポケットWi-Fiの機械が届いたが、10年くらい前の物のようで、大変非力だった。重い作業は全くできない。取説も簡単なものしかなく、通信量上限など、機能しているのかどうかよく分からない設定もあった。どうやら、一定程度使ったら、通信量をリセットしないとまずいようだった。こういうことについて何の説明もなかったが。

 

 この頃、リモート授業をするために非常勤先の大学の教室に行く、ということをした。基本的に動画データなどをアップしておく非同期オンデマンド型の講義形態をとっているが、週にひとコマだけzoomを使った同期型演習形式のコマがあるのだ。学生に発表させる時間だし、その途中で自分の回線が切れてぶち壊すのはどうしても避けたいから、安定したネット環境を求めてわざわざ出講した。ほとんど学生のいないキャンパスは、新鮮ではあったが。

 

 6月15日「工事日が決まりました」というショートメッセージが来る。向こうからの連絡は、電話か、登録している携帯電話番号へのショートメッセージなのだ。読んでみたら、引越し前の住所で何日に工事をする、と書いてある。また、エアの機械を返却しないと、罰則金が発生する、みたいな内容のメッセージも来た。

 どうなっているのか。

 

 サービスセンターに電話するしかない。

 「なんとかは何番、かんとかは何番……(以下省略)」

 

 ようやく、人間。平日の昼間にかければ、10分程度でつながることが分かってきたが、やはりちょっとは待たされる。

「インターネットがつながらない、というお問い合わせでしょうか?」から始まる。流石に切れて、わーわー言う。「担当に変わりますのでしばらくお待ちください」でまた5分待ち。次の担当者の「ネットがつながらない、ということですか?」が始まる。ぎゃーぎゃー言う。「それでしたら、担当に代わりますので…」となる。旧宅の工事云々は間違いだった、新居での光開通は、さらに2週間以上かかる、という話になる。「2週間かかる、2週間かかるってなんですねん?その間何してるんですか?」と文句を言うが「ショートメッセージで開通の連絡を必ずするから待ってくれ」とのことだった。「ほんま早よしてや、たのむで」と大阪人らしい圧をかけて切った。

  

 7月10日。2週間以上経過。メッセージは来ない。

 もしかして、住所の登録が間違っているんじゃないか。ふと思って、マイソフトバンクというユーザーページをチェックしたら、なぜか旧住所のまま登録されている。引越しの手続きは最初マイソフトバンクから行った。これもミスだったのかもしれない。昔ながらの、電話で申し込みをする方法の方が確実だったのでは。

 

 電話をする。

 「なんとかは何番、かんとかは何番……(以下省略)」

 ようやく人間。

「ネットがつながらないということですか?では工事担当に」が始まる。また一から説明。自動電話の時点で、こちらの生年月日を入れて、誰からの電話か確認しているくせに、なんで分からんのや、と文句を言う。オペレーターは強く言わなければ対応履歴を参照したりしない、ということを、この頃にようやく理解した。

 

 やはり住所の登録が、間違っていたよう。なんでや。これまでも新しい住所に代替機材や契約書など何度も送ってきているのに…。「今書き換えました。すみませんでした。これでもう大丈夫なはずです」というので、モデムとソフトバンクユニットをつなげてみる。案の定、何にも変わらない。「機械担当におつなぎします」となる。次の担当者の「ネットがつながらない、ということで承っております」が始まる。がーがー言う。それでも指示通りつなげてみて、リセットなどをやってみる。当然、つながらない。「ということは機械が故障している可能性が高いです」となり、新しいユニットが送られてくることに。それまでの機械は、引越しの時、自分で持ってきたもの。HPで引越しの所の指示見たら、そうしろとあったからそうしたのだ。

 

「それと契約書が来てるんですが、まさか料金発生してないですよね?」と念のために確認したら「お調べします」となり5分待つ。「…申し訳ございません…今月から発生しております」という返事。「どないなっとんねん、おう?」的なことをもう少しマイルドに発話。一度払ってもらったものはもう返せないので、この先、7月・8月分は基本料無料にする、という返答。それならまぁ仕方がない。「たのんまっせ」と引き下がる。


 7月13日。新しいユニットが来る。案の定、繋がらない。電話。「なんとかは何番…(以下省略)」ようやく人間。「ネットがつながらない、ということですか」から始まる。電源オンオフなどやらされる。当然変わらない。「お調べしてこちらから電話する」と言われる。「早よしてや、ほんまに!」と言って切る。マイルドにはできなかった。

 さすがに次の日に電話はかかって来た。どのランプが点灯しているか、前日に聞かれたことをまた聞かれる。もうつかれた。冷めた気持ちで淡々と状況を説明する。しばらく向こうで相談しているのを、例の「お待たせしております」の音楽を聴きながら待つ。この度は、設定が違った機械を送ってしまったようだ、設定しなおしたものをあらためて送る、ということになる。「はぁ、さよか、好きにしとくんなはれ」という気分になる。

 

 二日後、3台目のユニットが来る。当たり前のように、つながらない。電話。「なんとかは何番…(以下省略)」で人間。「やっぱ、つながりまへんで」というと、そうなると、NTTの問題だから、NTTから連絡させる、と言われる。NTTの人、工事に来た時ちゃんとネットつながっていたけどなぁ、と思うも「そうでっか、とにかく早よたのんますわ」と切る。

 NTTから電話。ちょっとイライラさせられる口調のオペレーター。「ネットがつながらない、と受けたまわっておりますが」から始まる。ソフトバンクは、ちゃんと伝達してるのか…。とにかく説明。五日後、作業員が来ることになる。作業員、来る。調べても異常はない、となる。もってきた端末のブラウザを示され「ネットちゃんと繋がっているでしょ」と確認させられる。はい、それは私も知っているんです。前に工事の人が来た時、ちゃんと繋がっていたんやから。

 NTTの作業員に、ソフトバンクの対応含め、いろいろ話してみる。「一度、ソフトバンクから担当者が来るのが当たり前と思いますけどね」と仰る。その通りだと頷く。この時、NTTのモデムにパソコンを直結すれば、PPPoE接続でネットが使えるということを教えてもらう。後でやってみて実際につながった。最初に契約した時にもらったパスワードなどがちゃんと生きているということのあかしだ。直結では一台しか使えないから、同居人と共用するためには、ソフトバンクのユニットにつながってもらわなければこまるのだが。

 

 NTTの人が来たけど、やっぱダメでしたよ、とソフトバンクに電話。省略したが、もちろん「なんとかは何番…」を経て。調査するから待て、という。「何を調査するの?待て、待て、ってずーっと待ってて、この状況ですよ」とできるだけ冷静に文句を言う。だいぶ修行が進み、声を荒げる回数は減ってきたようだ。「かならず二三日で連絡するから」というから「たのんまっせ」と切る。


 3日後、電話が来る。ソフトバンクから作業員を派遣することに決まった、日程調整の連絡をまってくれ、と言われる。「いつまで待つの?」「できるだけ早く…」という返事。

 

 連絡が来たのは11日後。この時、ブラウザを立ち上げて、これこれを入力したらどうなるか、みたいなことを試させられる。その結果「これはやっぱりNTTの問題のようだからそっちから連絡してもらう」と言われる。「え、ソフトバンクの職員が来るって話はどうなったの?NTTは実際にもう二回も来てるのよ、そっちからさっさと派遣したらどうよ」と文句を言うも、とにかくNTTからの連絡を待ってくれ、の一点張り。まだまだ解脱には遠かったようで、ぎゃーぎゃー言ってしまう。小さい人間だ。電話口の非正規職員に怒っても仕方がないって分かってはいるんですけどね…。

 

 次の日、NTTからかかって来る。「ネットがつながらない、ということでソフトバンクから調査依頼があったのですが…」から始まる。訪問するから日程を、となる。おたくからは二度も来てもらっているんだから、無駄骨に終わる気がしますよ、という話をする。向こうも記録を見て「そうですよね」ということになり、改めて、これまでの経緯をこちらから詳しく話す。ソフトバンクとの電話のやり取りで、これこれこういうことをチェックさせられて、それが問題だってなったのだが、ということを伝える。それも全く伝わってないらしい。「そうですか、しかし、それはソフトバンクのユニットを通さないと見られないものだから、ユニットと連携できてないと見られなくて当然ですよ。やはりソフトバンクの問題だから、その旨、ソフトバンクに返答します」と言われる。どっちのせいか、私ら素人にはわからんので、プロ同士、連携とって確認して、とにかく開通してくれとお願いする。

 

 次の日、ソフトバンクから電話。「当社の担当者を派遣します」ということにようやくなる。これはあくまでも調査で、訪問したからと言って、必ずしも開通するわけではない、という、よく分からない念を押される。聞くと、担当者は東京から来るという。まさか、大阪にソフトバンクの作業員がいないなんて想像もしてなかったから、驚く。代理店やらなんやら、町中にあるのに、現場に派遣する人員をひとりも確保していないなんて、なんていびつな通信会社組織なのだろう。「北海道や沖縄でも東京から派遣になるのか?」「そうです」とのこと。そりゃ、担当者の派遣を渋るはずだ。自分が損をするわけではないが、とてつもなくもったいなく感じ「無駄足に終わる気がするが、本当に大丈夫なのか、まだリモートで出来ることがあるのじゃないのか」なんてこちらが気をつかってしまった。でも、とにかく、来て開通させてもらうしかない。

 8月12日以降、いつなら空いているか、と聞かれ、一番早い12日を指定する。ポケットWi-Fiが頻繁に止まるようになったから交換してくれというのも頼む。(最初のやつは10年以上前の製品に見えたが、今度のは5年前くらいの感じで、だいぶマシになった。)

 

 次の日電話が来て「8月12日はお盆休みで無理だったから他の候補日を出してくれ」と言われる。なぜ、確認してから話を回せないのか。あきれながら、盆明け最速の8月16日に決める。


 当日。ソフトバンクから派遣された人が来た。機材を入れたスーツケースを引きずって、東京から私の家に直行してきた感じだった。コミュニケーションがとても苦手そうなパソコンオタク風の若いお兄さんで、これまで来たNTT作業員はみな作業服姿だったが、普段籠っている自分の部屋からそのまま出てきたかのようなラフな恰好だった。「実は超有能なハッカー」と見えないこともない。

 ちょっと不安にはなったが、見かけなどはどうでもよい。大学で、コミュニケーションが苦手な若者は沢山見て来たし、そういう子にも向いた仕事があるんだな、良いことだな、という気持ちにもなる。パソコンをつなげ、あれこれ、データをとる作業をする。話を聞くと、この日はうちの対応だけで大阪に泊りだという。ソフトバンクの現場技術者は、数人しかいないよう。お兄さんも、日本中、あちこちに行くらしい。「北海道は多いんですよね」なんて言っている。大阪から出られない生活を続けている自分には、うらやましくも感じた。ソフトバンクの正社員ではなく「まぁ、下請けです」とのこと。

 調査の結果、やっぱりNTT側の問題だ、ということになった。専門的なことを聞いてもよく分からないが「払い出し2000が来ないといけないのに来ていない」というようなことを言っていた。またNTTにまわされ、作業員が来て、問題ない、ソフトバンクの機械の問題だ、と言われて帰られて、またソフトバンクに電話をかけて…、という今後の展開が見えてくる。無限ループのようだ。

「NTTは『ソフトバンクのユニットとつながってないから当然だ』なんて言っていたけどどうなの?」と食い下がってみる。上司らしき人に電話をかけて「お客さんが、NTTがこれこれこれ、と言っていた、と言ってるんですが…」と相談するお兄さん。電話の向こうで「NTTの勘違いだろ」と言っているのが漏れ聴こえた。お兄さんは「勘違い…」と反復し、表情の薄い顔に微かな笑いを浮かべた、ように見えた。「勘違いだそうです、ログをとったので、それをNTTに渡すので、向こうも今度は分かると思います」という。そうですか、なら分かりました、とにかく、そちらでNTTに伝えてください、と言って送り出す。お兄さんは、大阪のホテルでどんな夜を楽しんだのか。緊急事態宣言下でなくとも、飲みに行ったりする感じではなさそうだから、ゲームでもしていつも通りの過ごし方をするのだろうか。それは、北海道や沖縄に行っても同じなんだろうか…。


 とにかく、ソフトバンクからの作業員来訪の結果は「変わらず」だった。ソフトバンクから電話がかかってきた。「調査結果はこれこれです」と、さっき直接、作業員の人から聞いた内容の反復。というわけで、NTTからの連絡を待ってくれとのこと。「とにかく、早よ、してよ」と力なく言うしかない。

 ちょっと前にショートメッセージで今月の支払いとして工事代金2万幾らという請求が来ていた。「これ、どうなっているの?」というのも確認。「キャンペーンで工事費かからないはずでしょ」と言うと「新規契約でございますよね、では新規契約のキャンペーン窓口におつなぎします」と言うから「チョ、チョー待てよ」とキムタクばりに話を止めて「新規契約なんかしてへんで、引越しの手続きでっせ」と伝える。「一度解約されて、新規契約だとお聞きしていますが」と訳の分からないことを言われ、そんなわけあるか、ちゃんと確認しろと、と大声で怒ってしまう。修行が進んだ、なんてとんだ勘違いだった。

 

「しばらくお待ちを」となり、いつもの音楽が流れ、「こちらの間違いでした、でも料金は一旦支払っていただいて、後程お返しするということでお願いできないか」ということを言われる。理不尽だと思いつつも、最終的にタダになればいいから「ほんま、頼むで、しかし」と横山やすし的に答えるしかなかった。

 翌日、NTTの人から電話が来る。テキパキして、かつ感じのいい人間的な女性だった。「直結でネット見てられるんですね、では、パソコンの確認お願いできますか」ということで、言われるままにクリックしていき、イーサネットの確認をする。「どういう数字になってますか」と聞かれ、画面に出たものを読み上げる。「あ、それでしたら、大丈夫です」という答え。やはり、ソフトバンクが言っていることは間違いで、NTTは問題ない、という話だった。どっちが間違っているか、素人の私は分かるはずがないから、とにかく、そちら同士で何とかしてくれ、と伝える。

 次の日、ソフトバンクから電話。NTTからの回答はこうだった、と言われる。それは、前日に聞いている。ソフトバンクとしては、NTTの問題だというのは変わらないが、対応を断られた、ではどうしたらいいか、これから検討してまた連絡します、ということだった。

 それから、10日。

 

 まだ何の連絡もない。(イマココ)

 

 つづく


2021年1月21日木曜日

おじさんのためのファンタジー~韓国ドラマ『私のおじさん』私論


 韓国ドラマ『私のおじさん』(2018)の感想文です。邦題は『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん』
http://mydearmister.jp/ですが、原題(나의 아저씨)を直訳した副題だけで何の問題もないので、変な邦題は無視します。すでに見終わった人と感想を共有しよう、という意図で書いたもので、ネタバレは全く気にしていませんし、見ていないと何のことか分からない点も多々あると思います。その点、あらかじめお断りしておきます。

 

〇設定に対する警戒心

 最初に『私のおじさん』というタイトルを目にし、中年男性と若い女性の物語だと知って、なかなか見始める気になれなかった。おっさんが年下の女性に好かれる、などという設定は、おっさんのためのファンタジー以外の何物でもない。男女平等が強く意識されるようになった時代に、こんな手あかのついた設定は、さすがに古臭すぎるのでは、という懸念があった。最近、私がはまった韓国ドラマ『椿の花咲く頃』は、『私のおじさん』の翌年放映されたものだが、中年の子持ち女性に年下の独身男性がベタぼれする、という設定で、男女関係のそれまでのステレオタイプからの逸脱が現代性を表している。
 私もおっさんだが、おっさんのためのファンタジーで喜ぶほどのおっさんではない、つもりでいた。そうありたいと思っていた。だから、この設定に対しては、まずは警戒感を抱いた。
 また、ヒロインを演じるのがIUというのも、引っ掛かりがあった。私は、K-popファンなのでIUには強烈なイメージを持っている。歌も上手で、曲作りの才能も評価され、何でもできて、利口で、多くのアイドルが「尊敬する先輩」として名前をあげる彼女。いわば、若き大御所とでもいうような存在感がすでにあったのだ。そんな大スターがヒロインをやるのか、大スターがおじさんを好きになるなんて、なんだその夢物語は…。
 で、実際に見てみると、想像していたようなものとは全く違っていた。とにかく、とても手の込んだ設定になっていて、どんどん世界に引き込まれていった。若い美女がおじさんを好きになる話、というのは間違いなくその通りだったのだが、おじさんの方は全く靡かないままだった。意外だった。
 が、それでも、やはり「おっさんのためのファンタジーだ」という見立ては、それほど大きく外れていなかった、とも思う。

〇大まかな舞台設定とスジ


 詳しいストーリーや、設定は、他のまともな紹介記事を読んで欲しい。しかし、全く説明しないままでは、話をすすめられないので、最低限のことだけ書いておきたい。
 イ・ソンギュン演じる「おじさん」パク・ドンフンは、40代後半の大手建設会社のエリートサラリーマン。建築構造エンジニアで、仕事の能力は高く、穏やかで誠実な性格のため部下たちにも慕われている。ただ、世渡りはあまり上手ではなく、能力の割に出世はしていない、という設定だ。敵役は、この建設会社の若き新社長。彼は、ドンフンの大学での後輩にあたる。同じサークルに所属していたが、ドンフンは学生の頃から彼の不実な人間性を嫌悪していた。そんな人物が、出世できない自分を飛び越えて、落下傘的な形で(だったと思う)社長としてやってきた。新社長は、ドンフンに対し、表面的には親しげに接するが、地味な部署に異動させたりして出世の道をふさぎ、自ら退社するように画策しているようだ。ドンフンもそれを薄々感じている。
 創業者であり人格者の会長(この手のドラマでは会長はなぜかだいたい人格者…)は、高齢のため引退を準備している。そんな中、会社では、新社長に取り入って、出世をめざす者たちと、それを不快に思う旧来の役員たちとの間で、派閥闘争が起こっている。
 ヒロインのIU扮するイ・ジアンは、ドンフンの部署で働く派遣社員。コピーや資料整理、郵便物の整理などが任務だ。とても暗い性格で、いつも不愛想な態度を貫いている。そのため、職場の人たちからは不気味がられ、避けられている。まだ20歳だが化粧もせず、地味な恰好で通勤している。ちなみに、IUは、俳優業の時は本名のイ・ジウンを名乗っている。イ・ジアンという役名は、それを意識してあえて寄せたものだろう。暗くて地味なイ・ジアンは、輝ける大スター、イ・ジウンの裏面のキャラクターだ。そんな大スター、イ・ジウンが劇中では、暗くて地味な人物にちゃんと見えるのだから、演技力は凄い物だと思う。冷静で聡明な役柄は、IUのイメージとも微妙に重なっており、それも何らかの効果を発揮しているのかもしれない。
「おじさん」ドンフンは、男三兄弟の真ん中である。兄も弟も人生がうまくいっていない。兄は頼りないダメ人間で、会社もやめ、妻にも別居されている。弟は、短気な性格で、かつては若い映画監督として才能が評価されたりしていたが、その後は鳴かず飛ばず、今はすっかり夢をあきらめている。ドラマの途中で、二人は一緒に清掃会社を立ち上げ前向きに生きては行くのだが、エリートサラリーマンのドンフンに比べると収入は低く、実家の母親の世話になって暮らさざるを得ない状態だ。
 母親は嘆く。「良い大学までいかして、このザマだ…」3兄弟とも若い時は勉強ができたようだ。「大卒の貧乏」という設定は、おそらく韓国の現在を表すものでもあるのだろう。(もちろん、韓国に限った話ではないだろう。母親の嘆きは、私の耳にも痛かった。)
 このような家族関係の中で、大企業のサラリーマンであるドンフンにかかる家族からの期待は大きい。子どもの頃から、あまり感情を爆発させず心優しい性格だった彼は、そのように頼られる存在であることを、静かに受け入れているように見える。
 彼には、美しい妻とひとり息子がいる。息子は、カナダ(だったか)に留学中だ。韓国の豊かな世帯ではよくある例だろう。妻は優秀な弁護士で、独立して事務所を持っている。表面的に、ドンフンの生活は順風満帆に見える。
 だが、この妻は一年ほど前から、あの嫌な悪役の新社長と浮気をしているのだ。彼女も、ドンフン、新社長と同じ大学サークル出身で、新社長からすれば、学生時代から狙っていた先輩の彼女を奪い取った、という形だ。愛情ゆえにではなく、ドンフンへの嫌がらせの一環だったことが、視聴者には分かるようになっている。
 弁護士の仕事が忙しい、ということを利用して、高級ホテルでがっつり浮気を楽しむドンフンの妻。ドンフンみたいな良い夫がいながら、なんであんなしょうもない奴にメロメロになってるんだ、この女は…と見ていてイライラさせられる、そういうシーンが最初の方では繰り返される。
 ヒロイン、イ・ジアンの生活は極貧だ。非正規雇用とはいえ、最低限の収入はあるはずだが、夜はレストランの洗い場で別のバイトをして、残り物をこっそり持って帰り、晩飯にして凌いでいるほどだ。建設会社の給湯室から、韓国名物のミックスコーヒーのスティックも大量にかっぱらってきて、それを飲むのが唯一の癒しというような様子。見るからに貧しそうな部屋で、耳の聞こえない寝たきりの祖母と二人で暮らしている。祖母は施設に入っていたのだが、費用が払えず、無理やり連れて帰ってきたことが途中で描かれている。
 ジアンは、闇金業者から追われているのだ。親が残した借金の利子が膨れ上がり、すべての収入を闇金に搾り取られている。ジアンと同世代の若い借金取りは、彼女の居所を探し出すと、おもいきり暴力を振るう。「人殺しめ、おまえの人生をめちゃくちゃにしてやる」とののしりながら。ジアンには、人を殺してしまった過去があった。親にえげつない追い込みをかけていた借金取りを刺してしまったのだ。その借金取りの息子が、この若い闇金業者で、彼女の過去をゆすりの材料にすることで、彼女の自由と希望を奪い続けてきたのだった。
 こんな地獄のような生活をしてきたジアンは、人生に何の期待も抱かず、人間に対しても不信感しか持っていない。生きるために、悪事もそれなりにやってきたという風にも見える。学歴社会の韓国で中学しか出ていないのだが、頭は切れる。他者に期待をしないからこそ、醒めた目で自分をとりまく状況を見通せる力があるようだ。
 そんな、貧しく暗く、しかし聡明な派遣社員イ・ジアンが、新社長とドンフンの妻との浮気の事実をつかみ、物語は動き出す。借金返済のため大金が必要な彼女は、会社の派閥抗争を背景に、浮気をネタにして新社長から金を引き出す算段をするのだ。反社長派は、出世欲はないが能力も高く人望もあついドンフンを常務に取り立て、役員会の実権を掌握して、新社長の手から会社を取り戻そうとしている。
 ジアンは、新社長に話をもちかける。あんたの敵を追い出すのに、協力する、と。
 彼女には天才的ハッカーの友達がいる。彼の協力でドンフンのスマホに、盗聴アプリを仕込む。このアプリはスマホがオフの時も常時周囲の音を拾い、ジアンはそれを自分のスマホで聴くことができる。(正直、このあたりは、かなり無理のある設定だと思ったが…。)盗聴でドンフン、および反社長派の動向を把握し、そのネタを社長に売って金を引っ張ろうともくろむ。


〇メインテーマ・人間的な優しさが誰かの希望になっていく物語


 このままでは、全部説明してしまいそうだ。後は、これがどんなお話なのか、自分なりに無理やりザックリまとめながら書いていこう。
 まずは、このドラマのメインテーマについて。分かりやすく抜き出すと、人間の優しさを希望として描いた物語、ということになるか。不遇な生い立ちゆえに心を閉ざした女性が、誠実な大人の人間的な優しさに触れて心を開いていく。その感化の力は一方通行のものではなく、大人の側の生きる希望にもつながっていく。人間同士が相手を尊重し相互理解することは素晴らしいことだ、ということを伝えようとしたドラマだ、とひとまずは言えそうだ。
 ジアンが、ドンフンに飯や酒をたかりはじめる、といういびつな形で二人の直接の交流が始まる。最初は、ドンフンをハメよう、という狙いもあった。ドンフンは、いろんな事件に巻き込まれながら、ジアンがどれほど厳しい暮らしをしているのかを知り、ほっておけないという意識をもつようになる。
 二人共、「フゲ」という町に住み、地下鉄の同じ駅から会社まで通っている。ドンフンは、ちゃんとしたマンションに、ジアンは坂の上の方にある貧しい借家に。ふとしたことから、彼女の住まいまで行くことになったドンフンは、ジアンが、介護の必要なお婆さんを抱えて暮らしていることを知る。彼は、ジアンに生活保護の申請をすすめ、手続きをすれば福祉施設を無料で利用できるはずだと教え、手配も手伝ってくれる。そんなドンフンの親切に対して、ジアンは「余裕のある生活をしている人は、慈善も気楽にできるものだ…」と、裏切られて傷つくのを予防するため、期待を持たないように心の距離を取ろうとする。
 観察眼のするどいジアンは、ドンフンが善人であること、一方、新社長がクズ人間であることはすぐに見抜くのだが、金のために、ドンフン(らの派閥)を陥れる工作に邁進する。しかし、時に触れる、ドンフンの驚くほど誠実な人間性に、徐々に心動かされていくのだった。
 ジアンがお婆さんの面倒を見ていることを初めて知った日、ドンフンは別れ際に彼女を褒めた。「良い子だな」という簡単な言葉で。これは、孤独に生きてきたジアンにとって、初めて他者から受けた肯定の言葉だった。彼が何気なく発したこのような「言葉」は、厳しく寂しい生活を送る彼女の心のよりどころとなっていく。
 

〇「盗聴」の物語


 二人が相互理解を深める、その過程に介在するのが「盗聴」という仕掛けだった。ジアンは、ドンフンの日常を盗聴し続けた。最初は監視をして新社長に売る材料を探すためだったが、次第に、彼の声を聴くこと自体が目的になっていく。夜の皿洗いのバイト中も、寂しい家で過ごす間も、スマホをつけっぱなしでドンフンの声を聴き続けるジアン。彼の低くて優しい声を盗聴することは、完全に彼女の生き甲斐になってしまう。そして、どんどん好きになっていく。
 ドンフンは、ジアンの人間性を理解し、心の交流が生まれるのだが、彼女の好意に気づくと、あえて距離をとるようにふるまう。恋心は一方的なものだ。自分には、妻も子どももいる。相手は、二回りも年下の、まだ子どもである。常識が彼の振る舞いをしっかりと枠づけており、親しい部下という以上の態度は示さない。
 しかし、ドラマの中で唯一と言っていいドンフンからジアンへの好意の表現シーンがある。静かで劇的なシーンだった。これは、盗聴という仕掛けを通して実現したものだ。
 ジアンを探し出す必要があり、前日二人で飲んだ店を訪れたドンフンは店員に「昨日私と一緒だった女の子、来てないか」と尋ねる。
 
 「寒いのにひどく薄着の子。かわいい顔をした子」と。
 
 この言葉を盗聴で耳にしたジアンは、雷にうたれたような感激を味わう。ドンフンが、私のことをかわいいと思ってくれている。喜びを静かにかみしめる彼女の様子は、とても感動的だった。
 そりゃ嬉しいよねぇ、ジアンさん、良かったねぇ、うんうん…
 暗い穴倉のような部屋の片隅で、盗聴によってドンフンの温かさに触れ、何とか生きる力を獲得していくジアン。その様子を、暗い部屋のパソコン画面を通して覗き見ているおじさん視聴者も、涙を垂れ流しながら、何となく生きる力が湧いてくるような気がするのだった。
 彼女は、その後も、盗聴を通してドンフンの素敵な姿を何度も「目撃」する。
 ジアンを不法に追い詰める闇金業者に話をつけに乗り込んで、喧嘩までしてくれた様子。彼の家族のためにも、身体を張って行動している姿。部下に対しても、できるだけ相手を信頼し誠実に対応しようとする態度。
 ドンフンがどれほど立派な人間であるかを、盗聴しているジアンに、そして視聴者に、強烈に伝えることになった圧巻は、会社の役員昇進面接のシーンだ。昇進が決まる最後の段階で、反対派の役員によって、ジアンの「過去」が問題として取りざたされた。ジアンを派遣社員として選抜したのはドンフンだった。
「殺人者を会社に入れるなんて何ごとか」と嫌らしく難詰する悪役。大変なピンチだ。しかし、ドンフンは、正々堂々と反論を展開した。「それだけの事情があったのだ。自分が彼女の立場だったら同じことをしていただろう。そのため裁判所も正当防衛だとして罪に問わなかったのに、なぜ、この場でもう一度裁こうとするのか」と。
 これは、正しいことを言葉によって堂々と主張することが、どれほど素晴らしいことなのかを思い知らされるシーンでもあった。今思い出してもしみじみ感動が蘇ってくる。それだけ、現実では体験しにくいことだからなのかもしれないが、こういうことをリアルに描けることは、フィクションの素晴らしさだろう。
 見ているものの心も揺さぶる演説だったのだから、自分を守るための言葉として受け取ったジアンの心は、どれほどの感動だったのだろう。(と想像して、見ているおじさんの涙はまたあふれ出すのだった。)
  
 この場面は、クライマックスに近いものだが、もっと前の段階でドンフンの人間的な素晴らしさは繰り返し描かれる。どんどん心惹かれていくジアン。見ている方も、そりゃ、好きになるわな、と思わざるを得ない展開が続いた。
 ただしそれは、ドンフンが素晴らしい人だから、というだけではなかった。ジアンは「盗聴」によって、彼が順風満帆な生活を送っているように見えながら、私生活では寂しさを抱えて暮らしていることを知るようになる。そして「私と似た孤独な人間なのだ」という同類意識を抱くようになるのだ。また、ドンフンの妻の不倫は、ジアンの方しか知らない事実でもあった。穏やかで優しいドンフンが、妻の裏切りを知ったら、どれほど傷つくだろうか。しかし、もしかして離婚となれば、自分にも機会が訪れるかもしれない、と少しは考えてしまったりもする。そのような葛藤も、彼女のドンフンへの想いに拍車をかけた。
 おじさんと若い女性の恋愛関係物語としては、この程度の段階でおしまいだった。上述の通り、おじさん側から距離を置く態度は最後まで貫かれた。妻の浮気が明らかになっても、結局、離婚という道は選ばなかった。内面の葛藤は大変なものであったが。

 とにかく、ドンフンの優しさに感化され、ジアンが、少しずつ心を開いていく姿、希望を得ていく姿は、とても感動的だった。不愛想極まりない態度をとり続けていた彼女が、はじめて「カムサハムニダ」という言葉を口にするシーンは、通常のラブストーリーにおける「サランヘヨ」以上の重みがあった。
 そしてまた、ドンフンにとってジアンがただの部下以上の気になる存在になっていたのも確かだ。浮気が発覚する以前から、夫婦関係はすれ違い続きであった。自分の私生活の寂しさを、酒を飲むことで紛らわす日々が続いていた。そんな中、ジアンに慕われていること、自分が彼女にとって意味のある存在だと実感できること、自分が価値ある存在だと認めてくれる人が確実にいることに、彼自信、生きる希望を見出してもいたのだ。
 お互いが理解を深めていくと、ジアンにとっては自分が手を染めてきた悪事、そして現に行っている「盗聴」が、どんどん重くのしかかってくるようになる。盗聴だけが喜びの日々。盗聴を通して、ドンフンが自分のことを信頼してくれていると分かれば分かるほど、この行為がばれる時は、全てが終わってしまうのだ、その前に、自分は姿を消さなければいけないのだ、という覚悟を固めていくしかないジアン。
 そんな姿を描きながら、視聴者は、これらのややこしい展開を、どうやって「まとめる」んだろう… という興味で、最後まで物語に引きずり込まれていく。


〇藤沢周平的サラリーマンファンタジー


 このように、涙を流して感動した一方で、それでもやはり「おじさんのためのファンタジーだな」という感想も頭から離れなかった。見ている間、ずっと頭に浮かんでいたのは、藤沢周平の時代小説に似ているな、ということだった。
 剣術の腕は立つが、出世の才に乏しく、地味な生活を送っている下級武士を主人公にした人気作品(「たそがれ清兵衛」「三屋清左衛門残日録」など)が思い起こされた。江戸時代の誠実な武士を描き、現代のサラリーマン男性の人気を集めた藤沢周平。サラリーマンだった私の父親も、普段はあまり本を読まなかったが、藤沢周平だけはたくさん読んでいた。どこかで自分を投影し、慰めを得られる部分があったのだろう。
 ドンフンは、普段は穏やかな性格だが、仕事は出来て、いざという時には大変頼りになる。しかし、人の良さ、不器用さで、損をすることも多い。そして、妻は、その素晴らしさにちゃんと気づいていない…。こうしてみると、とても、サラリーマン受けする主人公という気がする。
 私生活はパッとしないかもしれない、普段は妻の尻にひかれているかもしれない、嫌な上司には自分の価値が伝わっていないかもしれない、けれども、まともな仕事仲間にはちゃんと評価されるはずだ、そうあって欲しい、と願って生きるようなサラリーマンに。

 ドンフンは、結構モテる。これも、藤沢作品の武士と似ている。
 学生の頃には、おそらくサークルで一番美人だった現妻と付き合えた。悪役の新社長は、そのことを今でも妬んでいたりもする。会社の女子社員たちも、ドンフンのことを「素敵だ」と噂している。若く、聡明なジアンには、心から好きになられる。普通に考えたら、大変恵まれた、羨ましいキャラクターだ。それでも、しかし生活の寂しさは抱えている。その点も、「うんうん分かる、みんなしんどいよね」という共感を得やすいだろう。「寂しさ」を抱えていないような人など、いないのだから。
 さらに、ドンフンは運動神経はかなりいい。サッカーも上手だ、という設定だし、若いチンピラ相手との喧嘩からも逃げないほど、腕力にもそれなりに自信がある。勝てなくても、かかっていけるだけで、十分「強い」だろう。
 仕事ができて、強くて、やさしい、でも「不器用」。理想の「男らしさ」を体現しているキャラクターである。だから、モテる。
 盗聴という仕掛けは、とてもよく考えられたものだと思う。おっさんが、二回りも年下の女の子に「好意」を示す、それも嫌らしくなく、下心なく、というのは現実には無理だ。「そんな意味ではないから」などといくら言い訳をしても、おっさんのねっとりとした下心が、相手には伝わってしまうのだ。「好意」に「そんな意味」が入っているのは、残念ながら間違いないし。
 というわけで、相手にそのように受け取られる危険性をゼロにして示す唯一の方法は「意図しないのに聞かれてしまった」だけだ。
 生活に余裕のある男性が、自身の力によって、弱い立場で迷っている若い女性を導く。おっさんが持ってしまう「あしながおじさんになりたい願望」を体現した、そんな理想的キャラクターだとも言えるだろう。IU演じる二十歳のイ・ジアンにとっての理想的大人として描いているが、彼女のような女性の理想となっているという「おじさん」にとっての理想の側面の方がより強い気がする。
 
 物語のクライマックス、ジアンの盗聴がドンフンにバレるとどうなるか、という展開は、特に引き込まれる目が離せないところだ。ジアンは、盗聴の事実がばれたら、さすがのドンフンも自分を嫌うだろう、もうこれで終わりだ、と追い込まれ、逃亡を図る。しかし、ドンフンは彼女を救うためにも、必死で探し出す。
 盗聴する、されるの関係が明らかになって初めて対峙するところも名シーンだった。おびえて無理に悪びれる態度のジアンに対し、ドンフンは礼を言う。
「くそみたいな自分の生活を知った上で、自分の味方になってくれてありがとう」と。
 あー、なんて人格者なんだ、ドンフン。ここまでされても怒らないなんて、とまたウルウルしつつも、でも、そりゃ、本心でそうかもな、とも思うのだった。
 よく考えれば、自分の惨めな姿、人知れずの苦悩を、誰かが聞いてくれている、って嬉しいことでもあるに違いない。
 
 ツィッター依存が激しくなってきたおっさんである私が、そこで漏らしているのは、自分の「惨めさ」と「誠実さ」のアピールばかりだ。それなりに工夫して書いているつもりでも、結局、それだ。私は、こんなにダメなのだ。私は、こんなに真面目なのだ。振り返ってみると、そんな気がするのだ。
 自分のことを見て欲しい、聴いていて欲しい、できればIUみたいな感じの人に…。もちろん、本当の本当に盗聴され続けたりなんかしら、とても他人には見せられない場面が一杯で、たまったもんじゃないだろう。しかし、ドラマ世界でのあんなレベルの「惨めさ」「寂しさ」は、誰かに知ってもらえたら、そして、共感の涙を流してもらったりしたら、どう考えても「救い」の効果の方が大きそうだ。
 日常生活の一部なら、誰かに、見ていて欲しい、聴いて欲しい、そんな欲望が自分にもあるな、とこのドラマをみて再認識したのであった。まぁ、神様を求めている、ということなのでしょうね。


〇地域共同体への幻想と現実


 おじさんと若い女性が相互に理解しあっていく物語――。それだけだったら、本当にオッサンの夢物語で終わっていたかもしれない。しかし、本作には、ドンフン=ジアンの男女関係の他に、重要な人間関係の筋が描かれていて、それが深みを生み出している。血縁と地縁の関係だ。
 ドンフンは、男三兄弟である。兄弟間の絆は、とても強い。頻繁に集まって、酒を酌み交わす仲だ。三兄弟の性格の違いや、織りなす関係性も、ドラマの見せどころのひとつである。そして、母親との関係も濃密である。この血縁関係は、物語の重要な要素になっている。
 地縁とは、「町内」の人間関係。今日の一般的な都市生活から見ると、ちょっとありえないレベルの濃密な関係が描かれている。
 ドンフンは、良い大学を出て一流企業に就職したのに、生まれ育った町の近くに暮らしている。「フゲ」という、ソウルのどこかにある町に。架空の町だが、おそらくソウルの住民なら、モデルにした地域がすぐに思い浮かぶような場所なのではないか。地下鉄の駅があり、大企業のオフィスがある都心へのアクセスは悪くはない。駅前には、飲み屋などもそれなりにある。しかし、都会というほどでもない。韓国国鉄の貨物線か何かの線路と踏切があり、かつては町工場などがあったような、ソウルの場末なのだろうと思わせる。貧しいジアンもこの町の外れに落ち着いている。住んでいるのは「学校の裏のあたり」だ。小高い丘になっていて、比較的貧しい住居が多い地域のようだ。ドンフン夫妻が住むような、安定層のサラリーマン向け高層マンションも増えてはいるが、開発に取り残された地域もある、そういう町だ。
 ドンフンは、今でも、毎週のように町内のサッカーチームの練習に参加している。メンバーは、幼馴染ばかり。練習後には、これも幼馴染の女性がやっている飲み屋で、飲むのが定番のコースのよう。飲み仲間は、ドンフン以外、彼の兄弟含めて皆、これまでの人生に失敗があったと感じている人たちばかりだ。ここでの人間的なつながりが、彼らの慰めになり、生きる希望になっている。
 酔っぱらったドンフンの兄のセリフが面白かった。「おれは来年50歳になる。50年の間、わが大韓民国は、こんなに発展したのに、自分は何だ。食って、クソして、食って、クソして、ただそれだけの繰り返しじゃないか。」
 ジョンヒの店、というこの飲み屋は、ドラマのメインステージのひとつだった。こんなしょうもない愚痴を言う場所がある、満ち足りない思いを分かち合えるような仲間がいる。そんな人間関係の豊かさが描かれていた、のだと思う。
 最後の方で、ジアンもここにちょっと関わる。孤独に生きてきた彼女から見ると、自分には得られなった友情のある場所、優しさが支配する場所として、輝かしい場所に感じられたはずだ。「今度生まれ変わったらこの町に生まれたい」と彼女が語るシーンもある。
 
 だがしかし、このような血縁・地縁関係に対する、両義的な視線がこの作品にはあるのだ。もしかしたら、作り手たちは、あくまでも「良き関係」として描こうとしたのだが、現代社会のリアリティがそれを許さなかったのかもしれない。
 鍵になるのは、ドンフンの妻だ。
 彼女は、ドンフンのような「良い人」がいながら、軽薄で下衆な新社長にそそのかされて、高級ホテルでの逢瀬に熱を上げてきたのだった。最後の方で、ジアンは、彼女に問い詰める。「あんなに良い人がいるのに、なぜ浮気などしたのか」と。妻は、「なぜかと聞かれたらいくらでも理由らしきものをあげることはできる」と曖昧に答えた。大人にはいろいろあるのだ、というような、はぐらかしの答えだった。
 しかし、「外」から覗いていた視聴者には、何となく、彼女が夫を嫌になった理由は、分かるように描かれてもいた。
 彼女は、弁護士。インテリの超エリートだ。夫よりも、社会的に成功している。ドンフンの母親は、善人であり、息子を信頼し、息子の幸せを願っているから、彼の選択に異議を唱えることはなかっただろうが、どこかで息子の「嫁」がキャリアウーマンであること、息子よりも偉く見えることを面白くないと思っている。それは、直接口に出していわなくとも、他の家族に、そして「嫁」本人には、確実に伝わっている。
 最初の方に、ドンフンの妻の印象深いセリフがあった。
 
 「あなたは、朝鮮時代だったら、良かったと思っているのでしょうね。私が、嫁入りして、お義母さんと同居して、お世話をするのが当たり前な時代だったら…」
 
 ドンフンは、まともに取り合わなかった。肯定はしないが、否定もしない。
 彼は、男女平等時代の優しい夫だ。彼女の仕事を尊敬し、尊重し、晩飯の買い物や、飯の支度、掃除なども全部自主的にやっている。しかし、母親や兄弟との関係も、とても大事にしていて、妻が本当に望むことと、母親のそれとの間で引き裂かれていることも感じられる。
 結婚しても、妻が望むはずもない母親との同居はしなかった。仕事を邪魔する気はもちろんなく、支えようとしている。子どもを留学させよう、という提案は、たぶん、妻からのものだったはず。それもOKした。しかし、譲らなかった点もある。おそらく、妻は、もっと近代的な町で暮らしたかったはずだが、フゲの町から出ることは拒否したのだろう。サッカー同好会を始め、兄弟や幼馴染たちとの濃密な付き合いを続けることも、妻の好みに反する彼の意志だろう。
 妻にとって、一番大事な「家族」は、夫と自分と子どもで作っている家族だ。しかし、夫にとっては、自分の兄弟・母親との「いえ」の方が大事、なように見える。表面的には、妻との関係を大事にしていても、心の奥には、それがある。それが、妻との隙間となる。
 夫婦の会話は、無難な話だけにとどまる。対面して、意見をぶつけ合うことをドンフンは避けている。優しいから遠慮している、ように見える。だが、彼にとって譲れない部分は、絶対に譲れないのだ。それは強く主張はしない。そのかわり、真正面からのぶつかり合いを避けて、黙ったり、サッカーを見たり、酒に逃げたりしてごまかしている。
 兄弟の絆、竹馬の友たちとの関係が続く世界。「あしながおじさん」になることとまた違った、「おじさん」の夢、ともいえるだろう。
 
 あんなに兄弟が密だったら、連れ合いさんらは、たまったものじゃないだろう。あんなにしょっちゅう、友達と飲み会やられたら、そりゃうんざりするだろうな。わたしは、ドラマを見ていて、ちょっとだけ羨ましさを感じつつも、拒否感の方を強く持った。あまり、あのような関係性には入りたくない、という気がした。もちろん、入りたくても入れないのだけれども。
 このドラマは「酒を飲むドラマ」だともいえる。もちろん、韓国ドラマでは、酒は定番の小道具である。登場人物がヤケを起こして、金持ちならウィスキーを、貧乏人は緑の瓶の焼酎を無茶飲みし、暴れる、というシーンが必ずといっていいくらい挿入されている。しかし、本作の飲酒は、これら定番の域を越えている。
 何かといえば、集まって飲んでいる。また、貧しいヒロイン・ジアンも酒は強く、ドンフンに酒をたかって二人で飲むシーンが何度もある。会社の飲み会のシーンも。葬式で飲むシーンも。とにかく、皆、飲んでばかりだ。(IUは酒造メーカーのイメージキャラクターを長く務めているから、間接広告の一種なのかもしれない。)
 私自身、もともと酒飲みなので自戒を込めてだが、皆さんちょっとお控えになった方がいいんじゃないですかね、と言いたくなるほどだった。
 親・兄弟・地域の人間関係、そして、それをつなぐ酒。どれも基本的には肯定的に描かれてはいる。しかしながら、それらを誰もが「良きもの」と考えているわけではない。そういう時代に私たちが生きているということを、きっちり描いているところに、この物語の現代性がある、と思う。


〇ひとり泣く男、ドンフン


 ドラマの最後には、連続ドラマ定番の「あれから何年~」式の明るい未来シーンも入っている。すっかり明るくなり化粧もするようになったジアンは、そのままただのIUだった。耳の聞こえない祖母と会話するために身に着けた手話の講師などをして、前向きに生きている彼女。
 その「未来シーンの直前」に、謎めいたシーンが挿入されていて、それがとても印象深かった。ドンフンが、ひとり自分の部屋で飯を食いながら、号泣するというシーンだ。
 一連の事件が片付いた後、妻はどうやら留学している息子のもとに向かったらしい。一年以上も自分の一番嫌いな人間と浮気をして、会社から自分を追い出そうと画策までしていた妻を、ドンフンは表面的には「許した」のだろうが、温かい夫婦関係に戻ることは無かったようだ。離婚はしなかったが、気まずい対面時間を減らすため、妻はそういう選択をしたのだろう。一時的か、長期的かは説明されていない。
 テレビを見て、掃除をして、ひとり飯を作って食べるドンフン。いつも通り、という感じなのだが、突然、そこでひとり号泣するのだ。
 
 これは、何の涙か。全く説明されていないし、その後に「あれから何年」が続くので、本当に、視聴者の想像にお任せ、という感じなのだ。
 
 以下は、私の勝手な解釈(まぁこれまでもそうだけど)を書く。
 
 これは「ジアンの盗聴」を切望する涙だ。
 
 妻にも気をつかってきた。子どものためにも一生懸命働いてきた。それなのに、家族間に、自分が望んだような心のつながりがない。浮気の件だって、当然忘れられはしない。本当は、沢山の家族と友達と密な関係を持って、賑やかに飯を食う日々を送りたかったのに、ひとりで飯を食う日ばかり続くなんて、本当に寂しすぎる。ああ、自分の人生、どこで間違ったのだろう。
 ジアンに迫られたとき、手を出そうとは全くしなかった。あの時は、そんな気は、さらさら無かったのだ。自分には妻も子どももいるから、向こうはまだ子どもだから。
 だけど「おじさんは、良い人です」というあの言葉、あんな優しい言葉を受けたことは、実は自分も無かったのではないか。そういう目で見ないように努めていたが、思い起こせば、かわいくて、聡明な素敵な女性だった。あの機会にさっさと離婚して、ジアンと一緒になっていたら、どうだっただろう。きっと、自分の価値を全身で評価して、大事にしてくれたに違いない。例のたまり場で集まって、ワイワイ楽しく飲む機会も、もっと多かったのではないか。自分は、間違った選択をしたのではないか。
 今、ひとり寂しく飯を食って、大人のくせに、惨めに泣いている私。彼女は「盗聴アプリは削除した」と言っていたが、もしかして、今も聴いてくれてはいないか。そしたら、誠実に生きてきた自分が今どれほど寂しいか、分かってくれるのではないか。その時は、どんな言葉をかけてくれるだろう。
 あー、誰か、自分の真の姿を見ていてくれ、慰めてくれ。そういう叫びの「号泣」。
 
 ここに、携帯のメールが着信する。あ、ジアンからだ…
 というシーンは描かれていない。完全に私の妄想だが、そうなったら、どうなるだろう。
 
 最後の方には、ドンフン側に未練がある感じもちらっと描かれていたし、飲みに行く約束もしていたし…。
 もちろん、実際に手を出してしまったら、全てが台無しだ。ジアンにとって、手に届かない「月」みたいだからこそ、ドンフンは百点満点でカッコいいのだ。付き合ったら、あとは減点していくしかない。
 だから、「おじさん」は一人寂しく泣くしかないのだ。「誰か」に見てもらっているかもしれない、と妄想しながら。

 というわけで、これほど寂しさが繰り返し描かれていても、やっぱりドンフンがうらやましく感じるのだから、「私のおじさん」は、おっさん向けのファンタジーなんだろうな、というのが私の結論です。
 

2021年1月9日土曜日

業務用車両としてのUberのロードバイク

  


 戦後、競輪が誕生した初期には実用車によるレースも行われていた。新聞や牛乳の配達など、運搬の仕事に使われていたタイプの自転車での競走で、競走用の自転車よりそっちのレースが得意な選手もいたそう。スポーツとしての迫力は、当然、競走用の方があるから、しばらくしたら廃止となった。


 自転車競走には、形式的には、自動車レースと同じような、乗り物の性能競走という側面があり、実用車レースもその名残りだった。競馬も、乗り物としての馬の性能向上のための競走という側面があった。今は、競馬のための競馬として成立しているが。


 某所の授業で、競輪の歴史を語る場面がちょっとあり、その時、昔の実用車レースの話をしようとして、UberEATSのことが頭をよぎった。


 街で、Uberの自転車を見かける機会がとても増えた。ポツポツ目に付くようになったのは、一昨年くらいからだと思うが、コロナになって、もはや当たり前の存在になったようだ。


 昨年末、御堂筋を歩いて帰った時、途中でUberの事務所を淀屋橋のあたりで見かけた。「パートナーセンター」と書かれていた。あそこでは、配達員のことを「パートナー」と呼ぶのか。欺瞞だな。スーパーのバイトなどでも、そういう言い方を耳にしたこともあったけど、労働者・アルバイトとは呼ばず、まるで対等な仲間ででもあるように呼んで、実際は安い労働者として使うんだから、嫌らしいな、と思わずにいられなかった。


 今日も、松屋のテイクアウトを買いに出かけたら、Uberの人が、例のボックスに受け取った牛めしをしまい込んでいた。寒い中、大変な仕事だ。松屋のテイクアウトを、配送料を払ってまで注文するのはどんな人なんだろう、そして、この「パートナー」さんは、これでどれくらい収入があるのだろう、とちらっと想像しながら。


 Uberの人が乗っている自転車は、カッコいいロードバイクであることも多い。趣味としてロードバイクに乗る人も増え、そういう人に「趣味と実益を兼ねてやりませんか」と誘い、雇用調整の効く使いやすい労働者を集めるという戦略だ。自転車に乗るのが好きで、それに小遣いまで稼げたらありがたい、と思って乗っている人も、中にはいるのかもしれない。でも、これだけ多くの人が働いているのを見ると、生活のために仕方なく、というのが大半だろう。


 実用の乗り物として普及した自転車は、スポーツ・レジャーのための乗り物として発展をとげ、独自の文化を作っていった。その「遊び」道具が、再び「実用車」として活用される時代がやってきた。


 趣味でバイト代も稼げるんだから、一石二鳥でいいじゃないの?確かに、そうなのかもしれない。でもしかし…


 軽快に飛ばすUberのロードバイクを見ながら、「遊び」が搾取される、不幸な時代にいることを改めて感じ、暗い気持ちになった。

2021年1月3日日曜日

2021年、正月の日記


2021年の正月になった。去年の正月頃は、まだコロナという名前も知らなかった。新型肺炎が中国で、という、対岸の火事のような状態だった。自分の状況としては、何年も住んできた大阪市内から尼崎の今の部屋に引越すことが決まっていて、その準備をしていたのだったか。引越しの日は一月の終わりごろだった。ずっと以前のような、ついこの間のような。


大晦日は、ひとり暮らしの母親がいる実家に行った。自転車で20分の里帰りだ。自分も活発に活動していたら、コロナをうつしてしまう心配があるが、あまり出かける機会もなく相対的に危険度は低い暮らしをしていると思うから、まぁいいやというところ。一昨年、父親が亡くなり、長引いた介護生活から解放されたという面もあるが、母親には交流している友達など全くおらず、たまに近所の人と会話するくらいで、基本寂しい暮らしをしているようだ。年齢相応、いろいろ不調なところはあるが、まだ元気なので、カルチャーセンターにでも行ったりしてくれたらいいのだが、何か探そうにもコロナで中止になっているところもあり、これまで全く縁がなかったものに、この状況でリスクをおかしてまで、ということもあって、ずっと家にいるだけの生活のよう。一日中誰とも口をきかなかった、というような言葉を聞くとさすがにつらい。こちらの生活の問題もあり、どうしたら良いのか、分からない。頻繁に電話をかけて話し相手になること、折をみて顔を出すことくらいしかできていない。


母親は料理好きだった。父が元気だったころは、お節料理的なものも作っていたが、最後の方は嚥下障害で食事介助が必要だったので、そういうお正月らしいお正月はできなくなっていた。スーパーなどで迎春準備の食材なんかが並ぶのを見て、そこに参加できないことをとても寂しがっていた。私も妹も子供がいないので、こういう折に孫の顔を見せることができない。それなりに人が集まって賑やかに正月を迎えているらしい近所のお宅のことが、とても眩しく見えているはずだ。


家族ベースで祝うこととされている祝日は、「普通」から離れた生活をしているものには、普段以上に寂しさを感じさせるものだ。それは今に始まったことではないだろう。しかし、未婚者がこれだけ増えて、多様なスタイルで暮らしている人が増えている中、もう少し何とか中和されないか、と思わなくもない。多くの「普通」から離れた人たちはどうやって凌いでいるのだろう。


母親は、まだ、自分や妹がたまに訪ねてきているけど、自分が彼女くらいの歳になったら、もっと寂しいかもしれないなということも思う。今のままでは、ずっとtwitter的なものをやり続けて、寂しさをこぼしてみたり、しょうもないことを言って受けたいと思ったり、テレビなどへのツッコミを流してみたりするだけの日々が待っているのかもしれない。私の場合、将来について予想したことはだいたい外れて、まったく意外な現実が待っている(どちらかというと悪い意味で)ことが多いので、まぁ、その時のことはその時考えるようにしよう。


懐メロ番組と紅白とを適当に行ったり来たりしながら、酒飲みだった父ちゃんの代わりに酒を飲み、訳の分からない歌が流行っているんだな、などと、酔っぱらった父ちゃんが言っていたようなセリフを口にしたりして、年越しらしい時間を二人ですごす。家では、あまりテレビを見なくなっているので、実家でテレビを見ていると、いろいろ浦島太郎的な感想が浮かんできたりもする。


元日は、少し二日酔い気味だった。膝のリハビリのため、普段、母親は毎日のように自転車で出かけているらしい。元日は寒波襲来の予報とはちがい、寒さはましで、とてもいい天気だった。初詣も密だからやめた方が良いだろう、ということで、自転車乗りに一緒に行こう、ということになった。近所に自転車道として整備されている5キロほどの道があり、普段はその終点まで行って帰って来るというので、終点から先に足を延ばして海まで行くことにする。元日に老母と二人チャリンコでツーリング。父ちゃんなんて70代に入ってしばらくしたら、急に弱くなったのに、同い年の母親は比較にならないくらい元気だ。帰りに、元日から営業していたショッピングセンターのスパゲティ屋によって昼飯を食べた。父ちゃんが元気だったころにはありえないような元日の過ごし方だった。倒れる前の父ちゃんは正月はずっと酒を飲んでいて、母親はその用意をせざるを得なかったから。


夕方前に、家に帰った。もっとゆっくりして来たらいいのに、と同居人に言われる。一緒にいるといろいろもめるだけだから、ひとりでいる方が気楽なのだろう。晩飯は、大晦日に一応買い出ししてあった材料で豚キムチを作った。餅を買ってあったので、切って放り込む。枝元なほみのレシピを参考にして。枝元さんは、西原のことを本当はどう思っているのだろう、なんてことをちらっと考えたりしつつ。


二日は、ただツィッターを見て過ごした。同居人が郵便局に用事があり遠くの集配局まで行くというのでついていった。二日続けてチャリンコツーリングになった。タイヤがすり減っていつパンクになるか分からない状態で、油もさせていないため、ペダルが重たかった。帰りに、吉野家で牛すき鍋定食を食べた。前に住んでいた家の近くに吉野家があり、よく食べたが、引っ越した先には近所にない。「前の町、思い出すな」などと言いながら。


前に住んでいた町の方が、にぎやかで町らしかった。今は、少しだけ田舎になり、やはりちょっと寂しく、前の町のあたりをたまに通ると、また帰ってきたいな、という気もちになる。なじみの店にまた気楽に行きたい。吉野家なのだけど。


さて、三が日が済んだ。4日からは、遠隔授業がポツポツ始まるので、今日から準備しなければいけない。なかなかやる気が起きないから、こういうものを書いている。コロナによる世界的な閉塞感と、自分自身の生活上のそれと。コロナが去っても、自分には何も良いことが起きない気がして、「皆」が閉塞した状況が続いている方が、まだマシなんじゃないか、というとてもマイナスな考えが頭にうかび、いやいや、この状況が長引き、もっと仕事を切られたりする人が増えたら、真っ先に苦しむのは、底辺に近い人間なんやぞ、良くならないとどうしようもないじゃないか、と脳内で弱く反論する。


今年は、何か良いことないかな。これだけ歳をとって、「良いこと」など、自分で作らないと絶対にやってこないのだ、と嫌というほどわかっているはずでも、そういう他力本願的なことを考えてしまうのだった。神さま的なものには全く祈らなくなったけれども。明日からはもう少し前向きなことを考えよう。


***

こういう所とは別に自分だけのための日記も書いてはいる。毎日のように書いている時期と、途切れがちになる時期がある。バイオリズムなんて似非科学を信じるわけではないが、好不調の波のようなものはやはりあって、日記やブログの更新頻度などを後から確認したら、沢山書いている時期と、なかなか書くことに向かい合えない時期があってそれが分かる。誰に求められているわけでもなく書いているものなど、書きたくない時には書かなければいいのだが、気分の波に流されないためにも、コンスタントに書き続ける訓練はしたいような気もするのだ。


あれを書こう、これを書こう、と考えている材料はあるが、それを文章の形でまとめるための集中力が維持しづらい精神状態が続いている。精神状態なんて大げさか。とにかく、普段以上に、意識があちこちに飛んで疲れてしまい、ただただ受け身の快楽で時間をつぶすだけの日々が続いている。何を書こうと思ったか。そう、正月の日記みたいなものを書いて、助走をつけようと思ったのだ。文章を書くのは集中力を要するのは間違いないのだけど、書き始めると書けるもので、書き始めるということが一番難しい。というようなこともよく言われるが、自分もそう思う。書くことがない、書こうと思うことが書けない時には、内容のことなどあまり気にせずに、書くということを実行しておいて、あとから修正したりして、とにかく文章を書くことが慣れた状態を作りだすことを優先すると、書けるようになるという話だ。


とここまで助走を書いてから、上の方の日記部分を書いた。後から、前後を入れ替えた。15年くらい前のmixiの日記を見直す機会があって、正月っていつも何か書いてたなと思い出し、とりとめもない事でも、とりあえず書いておこうと思った。mixiの日記、ダウンロードして保存しておきたいのだけど、簡単にできる方法、ないかな。

2020年12月14日月曜日

これからもずっと一緒に…。<維新と韓流>

 「維新の会」という詐欺師集団が支持を集める状況にうんざりし、大阪の街への愛着がどんどん薄れていく。感染者がどんどん増える現状を見ると、大阪市解体の住民投票が否決されていて、本当に良かったとしみじみ思う。決まっていれば、この状況下でも、維新の連中が今以上に我が物顔で大騒ぎしていたことは明らかだからだ。

 こんな思いを抱く今日この頃だが、この間、難波から梅田まで御堂筋を歩く機会があった。毎年、一回くらいは歩いてきたものだが、コロナで外出機会が減っていたこともあり、今年市内から引越したこともあり、とても久しぶりだった。銀杏の見ごろは過ぎていた。松井市長関連企業が請け負っているというイルミネーションのコードが、巻きつけられていた。イルミネーションも、たまに見ればキレイだとは思うが、銀杏の盛りの自然の美しさにはかなわない。感染拡大を防ぐため、飲食店には時短営業を求めるというなら、イルミネーションもさっさとやめたらいいのに。と、不愉快な気持ちになりながら、歩いていたら、銀杏にメッセージプレートが付けられているのを見つけた。

 

 最初に見つけたのは、これだった。



 プレートはおそらくイルミネーションに寄付をして付ける権利を得たのだろう。維新を支える人間の精神性があらわれるような、イメージだけの意味不明なメッセージだ。という感想を持ち、J-pop的だな、そういう大衆にはイルミネーションや、テレビでのパフォーマンスがやはり受けるのだろうな、吉本なんかとも通じるんだろうな、などと考えた。

 次に見つけたのは、これ。

 一体これは何だろう。バカップルが絵馬のつもりでぶら下げているのだろうか。それにしても、バカすぎないか、などと思って通りすぎた。 


 すると、こんなものを発見して驚いた。これは、自分の知識のある領域だったから、暗号の意味がすぐに分かった。

 

 「2PM」はK-popグループの名前。twiceの所属するJYPの先輩男性グループで、日本でも人気がある。

 維新を支えているのは、J-popファンだけではなかったのか。K-popファンもだったのか。そりゃ強いはずだわ。それにしても、韓国の文化が好きなのに、韓国差別を平然と行う政治家集団を応援するなんて、ちょっとなぁ、と複雑な気分になった。 

 その後も、以下のように、次々と「K」を発見した。

 





 どうやら、今人気のBTSやセブンティーンなどより、ひと世代、ふた世代前のグループが中心のよう。 

 それで、最初にあげたプレートの内容について、あらためて検索してみたら、こちらはSHINという日本人ミュージシャンに向けたメッセージらしいことが分かった。

 そして、ふたつめの「パックンチョ」は、どうやら、5人組だった東方神起から脱退したグループJYJのひとり、ユチョンへのメッセージだということが分かった。

 そもそもこのプレート企画は、このような形で募集されたものらしい。

 http://www.pref.osaka.lg.jp/toshimiryoku/illumi/my-name-tree.html

 つまり、8000円の寄付金をイルミネーションに支払って掛ける「絵馬」ということのよう。それにしても、何のためのメッセージか、と疑問に思うが、こういうのは理屈ではないのだろう。ただただ、好きな歌手に向けた溢れる思いを何とか形にしたい、という欲望なのだろう。イルミネーションを見に来た人の中に、同じ歌手のファンがいて、思いが共有できたらいいだろう、という願いもあるのか。あるいは、SNSに写真がアップされて、本人に伝わるかもしれない、というようなことも考えているのか。 

 韓国の大衆文化が大好きなら、最低限、日本と韓国でかつて何があったのか、今、両国の間に政治的な距離が出来ているのは、日本が過去の過ちを「終わったこと」として忘却していること、さらに、それどころか、過去を美化して集団的自己満足に浸る連中が政治で力を持ってしまっている(国民が持たせてしまっている)ことにある、ということくらい認識しておくべきだ、と思うのだが、現状、それがとてつもない「高望み」であることは、ネットのファンコミュニティや、自分が韓国語教室に通ってそこに来ていた人たちの話ぶりからも理解はしていたのだが、それにしても、維新はないよ、という気になるのだった。

 

 韓国の市民団体が設置した慰安婦像(平和の少女像)を認めたから、という理由だけで60年も続いたサンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消した維新の吉村市長(当時)が、ホロコースト否定論者で嫌韓発言を繰り返す高須クリニックの院長との仲をツイッターでアピールするなど、確信犯的歴史修正主義者であることは間違いない。それなのに、経済発展を目指して実施すると計画されていることは、海外からの観光客誘致頼みのものばかり。海外からの観光客の中心が、中国人、韓国人であることは明らかなのに。何という矛盾。(コロナ後にまた戻ってきてくれることは現状期待できないと私は考えているけど…)とにかく、インチキで危険な政治家であることは間違いない。特に、日韓関係を大事に考える人にとっては、害悪以外の何物でもないはずなのだが…。

 

 おそらく、韓国の文化が好きで、維新も素直に応援してしまう人たちも、一般的な維新の支持者(組織的な連中ではなく)も、「ややこしいこと」は考えないようにしているのだろう。「日韓関係、ややこしいな」「韓国がいろいろ言っているらしいな」「まぁ、自分らにはあんまり関係ないな」くらいの認識か。

 初めから、差別意識で凝り固まっている奴らや、時代遅れの国粋主義者らは、この際、どうしようもない、と思う。せめて、そうでない人たちに、もう少しだけでも、政治家を選ぶ際に絶対に譲ってはいけない点について、共通認識をもってもらえるようになれば、社会はだいぶ良くなるのではないか、と思うのだけど、簡単なことではないわな、とも思うのだった。

2020年9月11日金曜日

『椿の花咲く頃』私論 ~韓ドラを見て頭がおかしくなったオッサンの話

  韓国ドラマ『椿の花咲く頃』を見終わった。自分でも信じられないくらいに夢中になってしまった。頭がおかしくなったのではないか、と疑うほどだった。見終わって丸2日以上経過しているが、感情の高ぶりは続いている。いくつかのシーンを思い出すと、今でも泣きそうになる。このままでは、正常な生活に戻れない。この異常な精神状態から脱出するには、文字にするしかない。頭の中に湧き上がってくる感情を言葉にして外部化し、何とか冷静さを取り戻すしかない。

 というわけで、感情の赴くままに、感想、思い出、言い訳、などなどを書き散らしてみることにした。

 私が韓流にはまったのは、2010年頃からだ。KARAや少女時代がブームになり、自分も彼女たち韓国のアイドルに魅了されてしまった。それまでにも韓国人留学生の親しい友達はいたし、同居人は先に韓国語の勉強をしていたりもいたのだけど、自分が韓国の大衆文化に関心を持つことは一切なかった。韓国への関心といえば、日本の近代史とか、在日コリアンへの差別問題とか、いわゆる真面目な問題へのそれだけだったのだ。90年代に、関川夏央の一連の韓国ものなどは読んだりしたが、韓国は、真面目に向き合わなければいけない、近くて遠い国、というイメージのままだった。コツコツと勉強しなければ成果のあがらない語学は、大の苦手だった。勉強するとしたら、まずは英語だろう、英語だって碌に使えないのに、他の言語なんかできるはずないな、というような認識だった。もっと言えば、外国自体にあまり関心のない、内向きな人間だったのだ。そんな自分が、韓流にはまり、韓国語を勉強しはじめた。自分にとっては、革命的な変化だった。

 関心の中心は、K-popだったが、韓国語の勉強にもなるかとドラマも何本かは見た。テレビで放送されていたものや、定番の『私の名前はキムサムソン』などをレンタル屋で借りて見たりした。日本のドラマと違って、各回が丸々60分以上あり、それが15回、30回と続いたりするから、見始めるとかなりの時間がとられる。面白いといえば面白いのだが、いろいろ見ているうちに、出生の秘密とか、偶然の立ち聞きとか、契約結婚とか、病気からの奇跡の回復とか、財閥の御曹司とチキン屋を営む貧乏なお父さんを助ける娘とか、あとは、都合のいい記憶喪失とか、「そんなわけあらへんやろ」というお約束が何度も出てきたりして、「時間の無駄」をつよく感じるようになり、いつしか観なくなってしまった。韓国語学習も、入門・初級の頃は、新しい世界が広がったような感動があり、ドラマでちょっとしたセリフが聞き取れたりするだけで、なんとも楽しかったのだが、中級以上に進んでくると、徐々に分からないところの方が気になりだしてきた。「いつか字幕無しで見られる日が来たら見よう」なんて言い訳したりして。当然、じっと待っていても「いつか」などやってこない。「いつか」を手繰り寄せるためにこそ、ドラマを見続けるべきだったのだが、根気がなかったのだ。情けない話だ。もともと、映画・ドラマなどのフィクションにはあまり関心がなかったということもあったりして、韓国ドラマからは縁遠くなっていた。

 そんな中、このコロナ禍で『愛の不時着』『梨泰院クラス』が日本でもめちゃくちゃ見られている、というニュースを耳にするようになった。右派で知られるような有名人が、それらの作品の話をしたり、まるで見ている方が普通であるかのような感じになっているようだった。日韓関係は最悪だ、ということが喧伝されている中で、どうなっているのだろう、と気になり始めた。動画サービスなどを利用したことはなかったのだが、半月ほど前、ネットフリックスに加入した。同居人も見たい作品があるようだったし、思っていたよりも全然安かったし。自分は専門として韓国文化を研究しているわけではないが、せっかくこれだけはまっているんだから、何か書いたりできるように努力した方がいいのではないか、という前向きな気持ちもちょっと生まれてきていたので、それも後押しとなった。よし、話題の韓国ドラマを見てみよう、と。

 しかし、加入してすぐ『不時着』『梨泰院』のどちらかを見るのは、何となく抵抗があった。これは、一種の中二病だ。流行りものに簡単に飛びつきたくない(結局、飛びついているのだが…)、せめてワンクッション置きたいという気持ち。じゃぁ何から見るか。最初の目的から離れて、全く関係ないインド映画をちょっと見てみたりもした後で、選んだのが、去年韓国KBSで放送された『椿の花咲く頃(동백꽃 필 무렵)』だったのだ。ネットフリックスの「日本で今見られているベスト10」に入っていた。それにしても、韓国ドラマはすごいですな。ベスト10の半分以上が韓国ドラマで、あとは日本のアニメ。そういえば、私は、アニメも大人になってからは全く見なくなってしまっている。高校生までの将来の夢はマンガ家だったりしたのだが、どこかの時点で、マンガもあまり読まなくなり、アニメは絵柄が全く受け付けなくなってしまったのだった。なんて話はどうでもいい。『椿の花咲く頃』の話だ。

 この作品が話題作だということは知ってはいた。去年、韓国で放映中、twiceのメンバーがファン向けのvliveという配信サービスで「今見ているドラマ」として話していたからだ。ドラマのセリフの中に、twiceメンバーの名前が出てきた、ということがニュースにもなっていた。その時に、そのシーンだけ動画を探して確認したりもした。主演女優は、コン・ヒョジン。彼女が主演の『プロデューサー』は視聴済みだった。テレビ局を舞台にしたドラマで、韓国人の友達に「まぁまぁ面白かった」と紹介してもらって見たのだ。芸能界好きのミーハーな私には向いているだろうと。詳しい内容は忘れたが、普通に楽しかった。コン・ヒョジン演じる主人公も大変魅力的だったので、後で、どんな女優か調べてみたが、作品のイメージと全く違って、ちょっと驚いたことを覚えている。左の肩にバッチリタトゥーを入れていたり。別に彫り物くらい好きに入れたらいいとは思うけど、俳優としていろんな役をやるだろうに、邪魔になると考えないのかな、理解できんな、という違和感はあった。でもまぁ、作品内では好印象だったし、今度のも悪くないんじゃないか、ということで見始めたのだ。 

 一応、簡単にストーリーと設定を説明しておく。コン・ヒョジン演じる主人公のトンベク(椿)さんは、未婚の母だ。小学生の男の子がいる。オンサンというカニで有名な日本海沿岸の田舎街に7年前にやってきて、カメリアという名前の居酒屋をやっている。30代半ばの美人。街の男は皆トンベクが好きだが、未婚の母であり、水商売的な仕事をしている女という偏見から、悪い噂を流す連中も沢山いる。ここに、正義感の固まりで、まっすぐな性格の男主人公ヨンシクが登場。オンサン出身で、子供の頃から自発的に悪い奴を捕まえたりしているうちに、公務員試験を受けずに警察官に抜擢されたという、さわやかで無鉄砲なお兄さんだ。ソウル勤務だったが問題をおこし左遷され、故郷オンサンの巡査となった。そこで、トンベクに出会い、彼女の美しさ、強さに惹かれ、猛アタックを開始する。子どもがいる、その父親は有名な野球選手で家庭もあるがトンベクとの思い出が忘れられず復縁を迫ってくる、トンベクにはこの野球選手と大恋愛の末に破局した過去が大きな傷となりもう恋愛など懲り懲りという意識がある、ヨンシクの母親は街の商店会のドン的存在で豪快な心優しい女性だが子持ちのトンベクと我が息子が結婚することにはどうしても許容できない気持ちがある、などなど、いろいろ障害がありつつも、ヨンシクのストレートな愛情にトンベクも次第に心惹かれていき、やがて結ばれる… というのが、大きな筋のひとつ。いろんな面白キャラが登場して、ギャグっぽいシーンも多い、いわゆるラブコメなのだが、ここに連続殺人事件という重たい設定が加わっている。どうやらトンベクも狙われているらしい。犯人は誰なのか、犯人とトンベクにはどんな因縁があるのか、ストーリー上はこのサスペンスが本線になっている。さらに、もう一つの筋として、親子関係物語もある。元気で時にけなげな8歳の息子ピルグとトンベク、ヨンシク、父親他との関係は、子役の演技力も加わって見どころの一つになってる。また、トンベクは7歳で母親に捨てられ、施設で育ったという設定になっていて、途中でこの母親が戻ってくるのだが、小さい時に受けた「捨てられた」というトラウマをどうやって回復していくのか、という筋もまた重要なテーマなのである。こうやって説明していくと、おかずが多すぎという気もするが、うまくまとめられていて、見ていてそれほどは違和感はない。

 私は、見始めて数回くらいで、この世界に引き込まれてしまった。たった20回で終わってしまうのか、終わったら絶対に喪失感があるだろうな、できるだけゆっくり楽しみたいな、一気に見るのはやめておこう、と思うほどだった。何がそれほど良かったのか。

 そのことについて、これから縷々述べていこうとしているのだが、まずは、主人公トンベクに惹かれた、ということはある。街のオッサンがことごとく好きになるんだから、見ているオッサンも好きになるようになっているに決まっているのだ。そして、ラブコメ要素の心地よさ。「いわゆるラブコメなのだが」なんてさっき書いたが、私は、ラブコメが大好きなのだ。というか、大好きだったのだ、ということを今回、強烈に思い出した。最近は、書いてきたように、ドラマも映画もマンガも見ておらず、面白そうなラブコメをわざわざ探して楽しみたい、なんて欲望は全くない。ただ、一旦その世界に入ってしまうと、抜けられないくらい心奪われる、ということがかつての自分には確かにあったのだ。見始めてすぐに、これは、まさに自分が好きな世界だ、見たかった「夢」だ、と感じた。

 若い頃、夢中で読んだ高橋留美子のマンガ『めぞん一刻』の記憶が蘇ってきた。『椿』と『めぞん』には、いろいろ共通点がある。『めぞん』は、ボロアパート一刻館のさえない下宿人大学生の五代くんが、若くて美人だが最愛の夫を亡くした未亡人である管理人・響子さんに恋をし、その思いが届くまでの過程を、やきもきさせながら楽しませる作品だ。面白キャラクターが数多く登場する、明るいコメディーだが、うっすら死の匂いもただよっている。響子さんは、過去を抱えて生きている。五代くんは、過去を抱えた彼女をそのまま受け入れようとし、響子さんにとっては、五代くんの思いを受け入れることが、過去との和解につながる、というストーリーになっている。この中心の構図など『椿』もそっくりだ。そして、一刻館の変な住民達にあたるのが、オンサンの町の変わった連中、ということになる。響子さんも、トンベクも、過去が影にはなっているけど、性格は結構明るくて、その上、強い。そこに、男がひかれているのも似ている。

 『めぞん』が連載されていた時、私は中高生だった。単行本の新刊が出るたびに、むさぼるように読んだ。次の巻が出るまで、何度も何度も繰り返し読んだ。マンガ家になりたかったくらいだから、当時は多くのマンガをそうやって読んだが『めぞん』は再読した回数が最も多い作品だった気がする。他にもいろいろラブコメの名作はあり、それなりに楽しみはしたが、徹底的にモテない思春期を過ごしていた私にとって、五代くんのさえなさ(実はよく読むと結構モテるのだけど)は自分を投影しやすかったのだろう。自分には経験できない「片思いが成就する過程」を、激しい憧れの気持ちでなぞり代理恋愛をして楽しんだ。響子さんも、五代くんのことが好きになり始めている、ということが分かってくるその雰囲気は、本当に甘美なものだった。社会学を学ぶようになって、ロマンティックラブイデオロギーの注入装置だったんだな、なんて振り返って思うけれども、時代によって恋愛の描き方は変わるし、そういう意味で『めぞん』は時代に合っていたのだろうし、なによりもちろん、高橋留美子さんが格別に上手だったのだろう。

 今回、『椿』を見ていて、あの頃感じていたいろんな感情が、頭の先から、つま先までプルプルと蘇ってくるような感覚になった。はたしてトンベクは、ヨンシクの愛情を受け入れるのだろうか。そりゃドラマなんだから、うまくいくに決まっているのだけど、連続殺人事件とか、自分を捨てた母親とか、その他、先に触れてないものとして、ヒャンミ(薔薇)さんという最初はただのバカな女の子かと思わせていたけど、ものすごい不運な目にあい続けてきたサブキャラの運命とか、めちゃくちゃ重い要素もかぶさって、適度にハラハラさせ続けてくれたのだ。男主人公のヨンシクは『めぞん』の五代くんに比べたら、圧倒的に強く、いわゆる「男らしい」ので、自分のようなオタク的人間に受けるキャラではないのだが、トンベクの元恋人・子どもの父親の野球選手が超高収入のライバルとして現れて、社会的地位では大きく劣る「自分たち側」の代理人として感情移入しやすくなるように仕掛けられてもいる。

 トンベクがヨンシクに徐々に惹かれて行っていることが描かれるシーンは、どれも本当に甘美であった。初めてトンベクがヨンシクに心をゆるし屋台の餃子を食べながら「私たちサム(友達以上恋人未満)になりましょう」と言うシーンや、最初のキスシーンでは、顎関節のあたりから変な液体が溢れてきて、脳内の快楽物質が湧き出てくる音が聞こえてくる、かのような快楽を味わった。嬉しさで涙があふれた。人生で、これほどの幸福感を味わったことあっただろうか、いや、ない、という感じだった。先にも書いたように、じっくり味わいたい、できるだけゆっくり見ようと思い、こういう甘美なシーンは何度も繰り返し再生しなおして見て、そのたびにうれし涙を流した。完全に、自分の頭が壊れている、何か異変が起こっている、という気がしてきた。

 ちょっと横道。何度も繰り返したのは、一応、韓国語で何を言っているかを確認しようという目的でもあった。日本語字幕で見ていたが、聴覚障害者向けの韓国語字幕がついているので、それで再度、確認してみたりした。永遠の中級である自分の韓国語力では、辞書を引いても分からない言葉がめちゃくちゃ多かった。さっきの「サム」なんかは、こういうタイトルの歌がヒットしたのを知っていたからわかったけど、俗語的表現は本当に難しいなと改めて思った。字幕なしで韓国ドラマを、なんて本当に果てしない「いつか」の夢だ。ただ、少しは勉強していたからこそ、細かい部分で楽しめたところもやはりあった。影の主人公、連続殺人犯は劇中で「カブリ」と呼ばれている。犯行現場に「ふざけるな(カブリジマ)」というメッセージを残す犯人ということでついたニックネームだ。無理に日本語にすると「フザケ」とかになるか。で、これをネットフリックスの字幕は「ジョーカー」と訳していた。あの映画のイメージだろう。最後まで見ると、何となく訳の意図は分かる(私は『ジョーカー』未見ですが)のだが、少し違和感はあった。先に書いた、twiceのメンバーの名前が出てきたシーンでは、ただ「アイドル」と省略されていた。少年野球の練習をしているトンベクの子どもが、「ボクのお母さんは、ツゥイに似てるってみんなに言ってたんだ」「ダヒョンみたいにお団子頭にしてきてよ」とトンベクにおねだりするという折角のシーンなのに、twiceファンとしては物足りなかった。あといくつか固有名詞がギャグとして登場したが、省略が多かった。推理をするシーンで「コナンになったつもりか」なんてのもあったが、訳されていなかった。

 閑話休題。このように、ゆっくりゆっくり、1話60分を90分くらいの時間をかけながら、同時に脳内の異常を感じながら、楽しんでいった。

 「甘美に歓喜」のとどめはトンベクの発した「サランヘヨ」だった。カブリの仕掛けた罠にはまったトンベクを命がけで救ったヨンシクは、ヤケドを負って病院に運ばれている。駆けつけるトンベク。ヨンシクは、ここでトンベクにプロポーズの言葉を伝える。トンベクは答える。「ヨンシクシ、サランヘヨ」。この「サランヘヨ」には、意識が飛ぶかと思うほどの感動を味わった。今これを書いていて、自分はホンマになにを書いているんだろう、と思う。それなのに、このシーンを思い出すと、今でも、まだ涙が出そうになるのだ。ドラマでも何度も出てきた韓国語「ミッチョッソ」「ミッチョンナバ」。狂ってる、狂っているみたい。ミッチダは、関西弁の「アホ」のように、いろんな時に使える便利な言葉だ。crazy for youという意味で愛の言葉としてもつかえる。私は、このドラマ世界がアホみたいに好きになり、本当のアホになってしまった。

 しかし、ここで少し考える。私は、これほど「恋愛」が好きだっただろうか、と。確かに、若い頃にラブコメは好きだったが、それ以降、恋愛映画などを好んで見たことはほとんどない。たとえば、恋の相手が「お嬢さん」だったりしたら、とても見る気はしないはずだ。ただの女性の好みの問題か…。前述のように、トンベクさんは、オッサン好みに描かれているし。

 自分の内面を振り返ってみて、かつ、『めぞん』との連想を合わせてみると、私は「過去のあるマドンナ」という設定に弱かったのだということに気づいた。「過去」を乗り越えての「サランヘヨ」に参ってしまったのではないか。

 ところで、「過去」ってなんだろう。 

 『めぞん』の響子さんは、未亡人だった。亡くした惣一郎さんという夫の名前を飼い犬にまでつけるほど、響子さんの心から「過去」は離れない。五代くんにとって、響子さんの過去は、絶対的な恋敵として登場する。もっとも、高橋留美子のギャグ世界では「未亡人」という設定は、「宇宙人」「巫女さん」「妖怪」と同様の、キャラ的味付けにすぎなかっただろう。しかし、物語が恋愛物語としてシリアスになっていった最後には、ちょっと違う意味も持ってくる。五代くんは、田舎の出身で東京のアパートに下宿しているのだが、響子さんとの結婚を決め、田舎の両親にそれを伝える、というシーンがある。そこで、響子さんの方が、自分が再婚であること、初婚の息子が「過去」のある私と結婚することを五代家は許してくれるだろうか、と心配するシーンがそっと挟まれているのだ。世間的価値観でいえばマイナスととられる「過去」。コミカルに進む、五代くんの片思い時代には、そんな部分は全く描かれていないが、リアリティを出そうとなるとどうしても挟まなければいけない一コマなのだろう。

 ずっと、響子さんが大好きだった五代くんは、響子さんの「過去」を、そういう意味で気にするそぶりはない。しかし、気にしないという形で、気にし続けているとも言える。「過去」は、恋愛感情を盛り上げるための三角関係の一角を形成しているのと同時に、「世間の目」という「愛」によって打ち倒すべきもう一つの敵の役割も果たしている。自分は過去を気にするような男ではない。自分の愛で「過去」を乗り越えて見せる、というある意味マッチョな、自己陶酔的自己超越意識。「世間の目」からは、響子さんの「過去」は「傷」だ。「世間の目」は、両親だけでなく、五代くん自身も持っているはずだ。そして、五代くんが、響子さんを好きなのは、何といっても彼女が美人だからだ。美人だけど過去がある。美人だけど「傷」がある。その傷を、僕は「気にしない」。美人が良いということと、過去が傷だということは、同じ価値観の平面にある。自分も傷を与える側に立っていながら、相手の過去を「傷」として数えあげた上で、自分で勝手に葛藤を乗り越えた気になって快楽を得ているとしたら、何と身勝手なことではないか。

 『椿』でも同じだ。トンベクは、誰もが振り返る美人であり、ヨンシクは書店で見かけて一目ぼれするところから恋が始まるのだ。前述のように、徐々に人間性にも惹かれていく姿が描かれているのだけど、何といっても、かわいいから好きなのだ。美人だけど、未婚の母である。美人だけど、親に捨てられたという過去がある。美人だけど、殺人犯に狙われるほどの不幸を抱えている。彼女の「過去」に対して、あからさまなマイナスのまなざしを向けるのは、物語の中では、彼女に性的な関心を抱かないですむ、街のうるさ型の「おばさん」たちということになっている。ヨンシクの母親は、一般論としては「未婚の母で何が悪いのか」という、新しい価値観を受け入れているのだが、いざ我が息子が「子連れ」と結婚するとなると、どうしても超えがたい一線があり、それが優しい彼女の葛藤の種となっている姿が描かれている。ヨンシクの母親にとって、トンベクの過去は「傷」だ。母親の強烈な影響を受けているヨンシクも、絶対的にその価値観は共有しているはずなのだ。

 だけど自分は好きなのだ。愛しているのだ。だから傷など気にしないのだ。 

 ヨンシクは、トンベクにストレートな肯定の言葉を数多く与える。世間の目など気にするな。あなたは素晴らしい人だ。ひとりで子育てしてきたのは大変立派だ。お店を切り盛りしていることも尊敬に値する。これからのあなたには素晴らしい未来がきっとまっている。そして、あなたは、誰よりも、美しい。だから、「過去」など気にしてはいけないよ。

 これは、ヨンシクが自分自身に言い聞かせている言葉のようにも聞こえてくる。自分が気にしないことによって、あなたは変われる。こうやって書いていると「自己啓発セミナー」そのままの世界ではある。男のマッチョな欲望の発露に、そして、相手を上から導こうとする、押し付けがましい言葉に聞こえなくもない。

 だが、しかし。このような肯定の言葉が、彼女を勇気づけていく姿は、とてもとても感動的だった。「世間の目」に傷ついた相手に、目の前に立っているだけで自分も世間の一員として、さらに傷を与えかねないような、そんな関係性なのだとしたら、それを変えるのに言葉を使う以外にどんな方法があるというのか。

 トンベクが発した「サランヘヨ」に感動した時、見ている自分は、トンベク側の気持ちにシンクロしていた。片思いが成就したこと、つまり、美人のトンベクさんに「サランヘヨ」と言ってもらえたことではなく、彼女が「サランヘヨ」と言えたことに感動したのだ。私が、トンベクだった。『めぞん』を読んでいる時は、自分は、ずっと五代くんでしかなかった、と思うのだが。 

 自分は、今、何を書いているのか。よくわからなくなってきた。しかし、これを書きながら自分はさらに感動し続けている。どうも、このインチキな精神分析の真似事みたいな作業が、自分自身の意識に、変な作用を与えているようだ。 

 それにしても、泣くほどのことか。

 韓国ドラマの定番「サランヘヨ」で、なんでこんなにおかしくならなければならないのか。考えてみたら、『めぞん』を泣きながら読んだ記憶などない。どっぷり嵌っていたが、二人の関係にドキドキしていただけで、いわば恋に恋して、甘酸っぱい思いを感じていただけで、感極まるなんてことはなかったのだ。

 これは、ひとつには、歳のせいだろう。 

 前述のように、『めぞん』を読んでいたのは、10代半ばから後半の時期だった。ラブコメに影響をうけて、片思いはしょっちゅうしていたが、告白して成就する経験は全くなかった。大学生になると、自分にはそんなことはもう起こらないだろう、とあきらめの意識が先行し、物語としての恋愛を消費するのも嫌になっていた。幻想だけを植え付けやがって、実際には、そんなことないやないか。そんな気持ちだった。

 それから、およそ30年。今、自分は同居人と暮らしている。20年くらい前に知り合って、今では文字通り同居人として、ただ一緒に暮らしているだけになっているが、そうなるあれには、それなりのあれがないこともないではなかった。たいしたあれではないけれど…。先に書いたような、男の身勝手な「俺は過去を気にしない男だ」的自己陶酔は、自分の中にも多分にあった感情だ、ということを、『椿』を見ていてやはり思い出した。

 こんなことを書くと、私がまるで「過去のある美人」と暮らしているようだ。もちろん、そんなことはないのだが、でもしかし、そんなことないこともないとも言えるのだ。現実に生きる人間で「過去」のないような、ツルっときれいに剥けたゆで卵みたいな人なんかどこにもいない。そして、また、自分のような凡夫は、自分が見つけた相手のお気に入り部分を愛でて好きになっているに決まっているのだ。この人のこういう部分は「傷」かもしれない、でも私は気にしない。なぜなら、ここがカワイイから。世間の価値観に乗っかってしか他者を見られないくせに、傷をつけることに加担しているくせに、偉そうにそこから超越したかのような顔をして、それを自分だけで納得して、相手にちゃんと向かい合っていると勘違いをする。自分に、そういうところはあったんじゃないの。ずっと、そうなんじゃないの。ドラマを見ていて、過去の自分の姿がチラチラと記憶の奥底から漏れ出てきたことが、なんともおぞましいような、それでもやっぱり甘酸っぱいような、複雑な感情の動きに結びついた、ような気がする。 

 『めぞん』を読んでいた頃、恋愛感情をベースに他者と向き合い、人間関係をつくり、コミュニケーションしていき、関係性が変わっていくという経験は、憧れの未来の姿だった。あきらめていた、とは言いながら、いつか、どこかで、そういうこともあるかもしれない、と妄想することはできた。今、『椿』を見ている自分にとって、そのような経験は、はるかに昔の「過去」のものとなっている。もう絶対的に経験できない、失われたものだ。それこそ『めぞん』を憧れながら読んでいた経験自体がそうだ。これらの自分の過去が、取り戻せない意味深い何かとして、ちらちらと心を揺さぶりつづけた、という側面はあると思う。 

 でもしかし、いくらなんでも泣くことはないだろう。普通、恋愛関係で泣くのは失恋の時だけだ。なぜ「サランヘヨ」で泣くのか。そう考えると、この『椿』を通して感情が揺れまくった経験は、ほとんど失恋のそれに近いような気もしてきた。ものすごく素敵なものを見せられたのに、自分にとって、それは終わったことで、もう取り返せない過去なのだ。涙を流して浄化されたような部分もあるが、とにもかくにも、この間、私は大変疲れた。そして、今、こうやって、訳の分からない文章を書き殴り(一応、読んでもらおうと整理したりしつつ)大変なエネルギーを浪費している。最初に書いたように、こうしないとどうしようもなかったからだ。

 大学生の時くらいから、このような「自分の内面を書き殴る」という文章はたまに書いてはきた。最初は、失恋がきっかけだった。失恋と言っても、自分がまともに付き合った相手は今の同居人だけなので、告白してふられただけだった。それでも、めちゃくちゃ傷ついた。世界の終わりみたいな気になった。勉強もバイトも手につかなかった。そうだ、ここはひとつ、ノートに思いのたけを書いてやれ。ということで、本当に幼稚で自分勝手な駄文を、とにかく長々と書き連ね、それによって、ぐちゃぐちゃした感情を外部化して整える、ということを行った。確実に効果はあった。今、まさに、これを書いているのは、失恋の痛手から立ち直りたい、という気持ちとすごく似た感情からのように思う。

 などと、大げさに言ってはいるが、世間でよく言う「何とかロス」に過ぎないか。はまったドラマが終わって、こういう感情になるなんて、取り立てて言うほどのことではないな。

 とにかく、ドラマや映画などのフィクションを楽しむことも含め、自分が経験している「今」は、未来と過去が折り重なる地点にあり、面白かったなり、感動したなりの感情は、そういう自分の過去とリンクしたもので、素晴らしい作品は、自分の過去の見え方を変えてくれたり、忘れていた部分を思い出させてくれるものだ、という当たり前を、強烈に思い知らせてくれる、そういう視聴経験だった。

 しかし、こんなにしんどいなら、もう当分、フィクションを見るのは控えたい、そんな気持ちにもなっているのだが。

 さて、では、この『椿の花咲く頃』というドラマは、名作なのか。自分にとって、強烈な経験を与えてくれたということは、書いてきた通りだが、多くの人におすすめしたい作品か、と聞かれると、正直、全く分からない。自分にとっては、こうだった、というだけだ。これは『めぞん一刻』も同じかもしれない。今、未読だという人に「面白そうだから読んでみますね」と言われても、別に読まなくてもいいと思うよ、と答えるだろう。あの時代に、あの頃の自分が読んで面白かった。ただ、それだけなのだ。 

 『椿』に戻る。実は、ここまで感動感動と書いていながら、夢のように楽しみつつ、じっくり味わって鑑賞したのは全20話中の15話くらいまでだった。最後の5話は、一晩徹夜して一気に見た。ストーリーの結末が見えてきた、というのもある。あまりにも夢中になりすぎて、体力がもたなくなり、早く結末をつけよう、と思ったということもある。しかし、若干醒めてきた、というのが一番の理由だと思う。

 この頃になると、二人の関係は出来上がり、恋愛物語としての楽しみは落ち着いてしまった。残りは、サスペンス要素となり、そうなると「早く結末が見たい」という、普通のドラマ鑑賞時の心理に近づいていった。そして、もう一つの重要な筋だった親子物語が、正直、かなり鬱陶しいものに感じてきたのだ。 

 ヨンシクの愛情はトンベクの支えとなり勇気づけていくのだが、彼女の強さの核には、何といっても「子を持つ母親である」ということがある。子どもがいる、という絶対的な幸福感、使命感が彼女の土台を形成している。かつて、我が子を捨ててしまったトンベクの母親の苦悩物語とリンクして、後半は「お母さん、お母さん、お母さん」の連続で、正直、辟易してくるほどだった。ヨンシクの母親の葛藤、その他、韓国ドラマの定番、嫁姑問題がこれでもかというほど散りばめられてもいる。親の情愛は強烈なしがらみとして、しかし、とても素晴らしく尊重すべきものとして、繰り返し描かれている。

 親子の感情は、普遍的な要素が当然ありつつ、やはりとても面倒くさいものだ。だからこそ、それが型として強調されてしまうと、道徳的なメッセージがしつこくなってしまう。

 書いてきたように『めぞん』を読んでいた頃と『椿』を見ている今との間で、恋愛感情的なものは自分も少しは経験した。しかし、子どもを持つ経験はない。持とうとも思わずに生きてきた。その経験があった人、今まさに「親」である人にとって、『椿』の親子関係物語は「サランヘヨ」同様、身に染みる、心揺さぶられるシーンの連続だったのかもしれない。もちろん、私も全く感動しなかったわけでもないが、どこかで「お話」として、距離を感じてしまう部分だった。

 前述のように、『椿』にはヒャンミという重要な登場人物がいる。トンベクが切り盛りしている居酒屋カメリアでバイトをしている女性だ。最初は、気楽で能天気な女の子としか見えないのだが、だんだん、彼女がどれほど不幸な生き方をしてきたのかが明らかになっていき、物語の影の要素を一身にまとい、気の毒すぎる結末をたどっていく。トンベクと同じように、大変不幸な子ども時代を経験しており、それが原因となって、幸せになれなくなってしまった人物として描かれている。世間によって印付けられた「不幸」の記号、「死んでしまえばいいのに」という「呪い」の言葉から逃れられなかった運命。同じく世間から「不幸」と呼ばれつづけながら、それを乗り越え、違う運命を手繰り寄せていくトンベクとの違いは、究極のところ「子ども」のあるなしだ。トンベクは、絶対的な存在である子どもを持つこと、そして、その子どもに愛情を注げることによって、湧き出してくる勇気をベースに、世間から貼られたラベルを自ら引きはがしていくのだ。ヒャンミが最後どうなるかについては、もしかしてこれからこのドラマを見る人もいるかもしれないので、これくらいにしておく。(今さらネタバレもクソもない気もしますが…。)とにかく、「子ども」一点でこの違いは、あまりにも酷じゃないのか、と見ていて思わざるを得なかった。

 いい歳こいた大人が、こんなドラマひとつに泣いたり喚いたりして、やっぱりあれですかね、子どもがいないからなんですかね、大事な経験が出来なかったから、大人になれなかったんですかね、悪かったですね、と嫌味のひとつも言いたくなってしまう。

 「ラスト」もいろいろ疑問が残った。「まとめ」に入らなければいけないのは分かるが、多くの人々が誠実に協力してくれるという「奇跡」が起こって、不治の病が治ってしまったり、最後の最後には「あれから何年後…」という連続ドラマ定番のシーンがあり、子どもが大リーガーになっていたり、そこまで安っぽくやられると、あの心揺さぶられた感動を返してちょうだい、と言いたくならないでもない。これが大衆ドラマゆえの宿命なのだろうけど。本当にあの「あれから何年後…」は、やめてほしいな。ハッピーエンドはうれしいのだけど、これから素敵な未来が待っているだろう、くらいの所で止めておいてくれたらなぁ、というのが、オッサンの希望するところであった。夢がさめてしまう。もしかしたら、観客を現実に返すため、夢からさまさせるためにあえて挟んでいる仕掛けなのかもしれないが。 

 あともう一つ、「カブリ=ジョーカー」のこと。犯人が誰だったかについても、詳細は書かないでおくが、「ジョーカー」と訳されていた通り、世間に疎外されているという意識に苛まれ、世間への復讐を企てての犯行だった、ということになろうか。もちろん、身勝手な蛮行に違いないのだけど、犯人がトンベクに憎しみを抱いていく気持ちには、共感してしまう部分がある。自分が『椿』世界の住人だったとしたら、トンベクさんの心を動かす、さわやかな巡査・ヨンシクになど絶対なれず、あきらかにカブリ側にいるはずだから。(まぁ、実際には、トンベクをチラチラ盗み見しながらカメリアで酔っぱらっているだけの、その他大勢街の人か…。)そんなカブリが、最後、正義の固まり・ヨンシクに言葉をつきつける。自分が捕まっても、自分のような憎しみを抱えた人間はいくらでもいるのだ、という趣旨の。これに対する、ヨンシクの、そして物語全体の応答は、簡単に言うと「悪い人より良い人の方が絶対数として多い」という、何とも拍子抜けするほどボンヤリしたものだ。トンベクやヒャンミが苦しめられてきたのは、世間を形成する「みんな」の白い目だったはず。それなのに、「みんな」には良い人が多く、「みんな」は奇跡を起こせるのだ、なんて適当なことを大きな声で言われたら、「そ、そうですね…」と口ごもるしかない。

 『椿の花咲く頃』を手放しで「名作」と言えない、もう一つの理由は、自分にとってこれが面白かったのは、あくまでも「韓国ドラマ」だったから、だと思うからだ。「名作」をどう定義するかは分からないが、普遍的な価値を持つものだと考えるなら、どこの国のどんな人にも通じるものでなければいけないだろう。

 私が日本のドラマをあまり見たくないのは、細かな違和感に耐えられないと思うからだ。こんな奴いないだろう。これはステレオタイプすぎるだろう。何というウソ臭いセリフだ。もっと多くの作品を見てから言え、という話ではあるが、「ここ」での現実については、自分自身で持っている強固な実感があり、それが「ここ」を舞台にした創作物をストレートに楽しむことを邪魔している。若い時の方が、いろいろ素直に楽しめたのはそのためだろう。小説などでも、私は、古典になっているものの方が、読む時の苦痛はかなり少ない。違和感は、文化の違いとしてカッコに入れることができるから。「この時代は、こうだったんだな」と。

 韓国ドラマの見やすさもまさにそうで、違和感を感じる要素は、すべて「文化の違い」として処理して、美味しい所だけ味わうことができる、ようになっているからだと思う。もし『椿』が、日本を舞台にした日本のドラマだったらどうだったろうか。たとえば、オンサンの町の「おばさん」たち。大阪を舞台にしていたら、ヒョウ柄の服を着た例の「おばちゃんたち」として描かれたことだろう。がさつで、おっかないけど、根っこはやさしい。とてもステレオタイプなイメージとして。自分が、もし韓国に住む韓国人だったら、ドラマの中のオンサンの「おばさん」たちを、どう受け止めただろうか。「例のイメージ」として、うんざりしたのではないか。

 嫁姑問題もステレオタイプなイメージそのままだった。韓国の親子関係・嫁姑関係は、日本のそれよりも濃度が濃い、ということは知識としては「知って」はいるが、あくまでも教科書的な理解にすぎない。近年、韓国の出生率は日本よりも低くなり、その問題の核には、女性が「嫁」になることを拒否している、ということもあるようにも(これも知識としてだが)聞いている。そのため、濃密だった関係も、近年はもっとフレンドリーに変わりつつあるとも。そういう部分は、このドラマでも全く描かれていないこともなかった。未婚の母の純愛物語という設定自体、現代的なものだろう。それでも、これが韓国のリアルをどこまでうまく表現できているのかは分からない。日本から見ている自分の場合は、これらのステレオタイプすべてを「韓国ドラマの例のアレだな」と簡単にカッコに入れらるけど。

 そもそも、私が撃ち抜かれたトンベクさんの「サランヘヨ」も、もしこれが日本語の「愛してる」だったら、とてもまじめに受け止められなかったはずだ。いい歳をしたオッサンが、愛のセリフに素直に感激できたのは韓国語だったからだ。そして、それは単に外国語だから、ということでもない。アイラブユーでもウォアイニーでも自分にとってのこの効果はなかった。すごく近く、重なる部分も多いけど、それでもやっぱりずれがある、そういう微妙な異国の言葉としての「サランヘヨ」だったから、心に沁みたのだと思う。 

 韓流に初めて出会ったころを思い出す。当時の自分にとって、韓国を知っていく喜びは、パラレルワールドの発見のそれに近かった。最近の若い人は、違うと思う。もっとストレートに、カッコいいもの、カワイイものとして出会っているのだろう。でも、自分の場合は、やはりこういうところがあった。こんなことを言うと、まるで、韓国が日本より少し遅れていて、それが郷愁を誘った、というような『冬ソナ』ブームの頃に語られた、ステレオタイプな認識を繰り返しているように思われるかもしれないが、それは全く違う。遅れているとか進んでいるとかではないのだ。嫁姑関係や、都市の地方の関係などドラマでの世界観だけで見ると「かつて日本にあったもの」のように見えなくもないが、前近代文化の残存っぷりを言えば、日本のそれは、現代韓国をはるかに凌駕しているだろう。前後というより、やはりズレなのだ。

 人々の見た目も、街並みも、こんなに似ている。少し勉強したら分かるが、言葉も本当に似ている。似ているが、かなり勉強しても字幕無しでドラマを楽しめるまでにはなかなかなれない、はやり完全な外国語である。こういう、近さと遠さが、日本から韓国大衆文化を楽しむ際に大きな役割を果たしていると思う。ネットフリックスはアメリカのサービスである。『パラサイト』やBTSの欧米での成功を見れば、このような日本的韓流消費自体、ローカルなものになっているのは理解できる。私がここに書いた認識は、植民地主義の残滓が反映しているのかもしれない。それについては、これから本当に考えていきたいが、とりあえず、今、私がどうしてもやりたいのは、私にとっての『椿』の衝撃の理由を考える、ということなので、今後の宿題ということにさせていただきたい。 

 話を戻す。純愛物語も、アイドルも、日本の「私たち」はすでに知っていた。知っていて、「こんなものだ」と思っていたものを、ちょっと違う角度から見直させてくれた。そして「手あかのついた日常」を再生させてくれた。韓流に出会うという経験は、回心とでもよべるような宗教的体験だった。

 日本の大人は「愛してる」なんてもう楽しめないのだ。そのこと自体を、私は、全然寂しくなど感じない。大人になるということは、そういうことだからだ。こんな言葉を恥ずかしくもなく口にしているのを見たら、それが作り物のドラマであったとしても「ウソつけ」としか思えないだろう。これは「愛」という言葉が、「ウソがない」ことを象徴する言葉であることの宿命だ。現実の人間関係には、ウソとホント、誠実と打算が混ざり合っている。瞬間的にしか、ホントまみれにはなれないのだ。数学の点のようなもの。その点を「愛している」という発話で表現しようとした瞬間、ごくごく短い時間の間にウソが混ざってしまうのは絶対に避けられない。だから、普通、「愛している」は、社会契約の言葉として使われる。愛しているから、これから暮らそう。愛しているから、お金をちょうだい。愛しているから、勘弁してくれ。でも、本当に聴きたい「愛している」は、今、私の心の中は「愛」でいっぱいなのである、ということを正直に表明した「愛している」だろう。日本語の「愛している」をそのように使うことは、もう無理なのだ。少なくとも私には。だけど、「サランヘヨ」には、それができる。

 もちろん韓国語文脈での「サランヘヨ」なんて、めちゃくちゃ手あかにまみれている。日本語の「愛している」の比ではない。アイドルはファンに向かって、簡単にサランヘヨ、サランへ、と口にしている。親への感謝もサランヘヨ、社長、PDさん、スタッフの皆さん、スタイリストのお姉さんたち「サランヘヨ」、サランヘヨの大安売りだ。しかし、韓国語が遠くて近い外国語である者にとって、サランヘヨは、未だにピュアで美しい言葉として使えるのだ、ということを今回私は『椿』視聴を通して体感したのだ。もちろん、脚本とコン・ヒョジンの演技力のおかげだろう。韓国でも視聴率が良かったのだから、韓国語ネイティブの人たちも、トンベクの「サランヘヨ」を楽しんだことだろう。だけど、自分は、彼らよりもっとピュアに「サランヘヨ」を浴びたはずだ、という確信がある。 

 というわけで、何とか、頭の中を書き出してみることができた。先にも書いたように、ドラマを見た私は、完全にミッチョンナバ(おかしくなったみたい)だ。ここで、不運なヒャンミ役をやっていた、ソン・ダムビについてちょっと紹介を。彼女は歌手として有名で、2008年に発表した曲は大ヒットをしている。タイトルは「ミッチョッソ(crazy)」。『椿』鑑賞中、あまりにヒャンミが気の毒な展開になってきたため「この人はヒャンミではないのだ、ソン・ダムビなのだ。ソン・ダムビが演じているだけなのだ」と言い聞かせなければいけないくらいだった。女優としてのソン・ダムビには「何も考えていないアホな女の子」役という定番のイメージがあった。それを踏まえての見事なキャスティングだったと思う。自分もすっかりだまされた。

 最後まで見終わった後、トンベクさんの呪縛から逃れるため、コン・ヒョジンが女優としてインタビューされている動画をちらっと見た。値段の張りそうな座敷犬を膝に抱いてカッコつけて話をしていた。とても苦手なタイプだ。ルックスも福原愛ちゃんタイプというか、丸い童顔っぽい感じで、これまた、私は、どちらかというとアジア系のスッとした感じが好きなので(知らんがな)、ぜんぜん好みではないのだが、それでもやっぱりトンベクさんが重なってドキドキしてしまう。ファンミーティングがあったら、行ってしまいそうだ。

 生まれてこの方、タバコと酒以外の薬物に手を出したことはないが、幻覚を見る系の薬をキメたら、もしかしたら、こんな感じなのかな。それくらい、『椿』を見ている間、見終わった後しばらくは、情緒不安定になっていたが、これを書いたことで何とかそれから抜け出せた気がする。通常こういうものは、自分のためだけに書いて引き出しに仕舞っておけばいいのだろうけど、どこか公共性のかけらがあるんじゃないかと思って、こういう形で公開することにしました。ということで、書き殴った後に、一応かなり手は入れましたが、異常なテンションで書いたものであることは間違いないです。

 お客様の中にお医者さんがいらっしゃいましたら、私がどんな病気にかかっていた(る)のか、教えていただけたら幸いです。